第56話 あなたが描くわたくしを見てみたいのです
んっん~~~! 女王陛下の椅子に座った姿は実に麗しい。
しかもその姿を隅々まで舐めるように眺めていいとなれば格別であぁ~る。
出来ることならこの光景を脳内に延々と残るほど焼きつけたいものだぁ~!
『チッ、あんなスッケスケの服着やがってエロザルがよぉ~! 一丁前に盛ってんじゃねーぞ、あぁ~ん!?』
しかし視界に延々と残るへるぱの悪態がウザくて気分が上がらない。
何ならお前もネグリジェとか着て誘惑してくれてもいいのよ?
『はぁ!? べっ、別にピクトのためなら着てやっても、いいんだからねっ!?』
おっツンデレか?
しかし言ってみるもんだ。早速へるぱが視界外にトテトテと歩いていく。
そして戻ってきたらキノコだった。
赤キノコの着ぐるみを被ったへるぱが恥ずかしそうにこっちを見てきたのだ。
ギュッギュと体をしならせる姿はキノコ好きにはきっと堪らないのだろう。
「それがネグリジェってどういうことだよおッ!!!!!」
「ひっ!?」
「あ! いやね、ちょっと妄想を拗らせすぎちゃって……」
ついつい声に出してツッコんでしまった。
へるぱめ、余計な事して気を散らすんじゃないよ。
……と自らも戒めつつ再び
そう、これは大事なお願いを叶えるために必要なこと。
彼女を描くという大業のためにもやらねばならぬことなのだ。
――それというのも、数時間前のこと。
「……わたくしのことを絵に、描いて頂きたいのです」
「は、はいぃ!?」
唐突なお願いに心を躍らせていた俺だったが、意外な一言に驚かされた。
でも恥ずかしそうに懇願する彼女は一生懸命で、つい聞き入ってしまった。
「実はセリエーネにあなたの話を伺っておりまして、聞くとあなたは、その、絵描きだと」
「あいつっ……余計なことをぉ」
「そこで百年前と同様、この節目のためにわたくしの絵をガルテニアに納めて頂きたいと思いまして――」
どうやら話を聞くに、この国は昔から事あるごとにエルフが守って来たらしい。
そうして互いに距離を取りつつも共存することが彼らの本懐なのだそう。
それで大事を済ませると、都度代表者の絵を描いて残す習わしがあるのだとか。
「どうかお持ちになってくださいませ」
そんな話を済ませると女王様が手をパンパンと鳴らし、誰かを大声で呼ぶ。
するとすぐ扉が開かれ、二人の使用人が何かを抱えて部屋へと入ってきた。
人一人分はある大きな絵画だ。
しかも描かれているのは間違い無く、エーフェニミス本人。
おまけに言えばかなり上手い。
油絵なのに本人と相違ないくらいに写実的で緻密だ。
「こちら百年前に残された絵画でございます。国王の私室に飾られ続けた由緒ある代物ゆえ、扱いにはどうかお気をつけくださいませ」
「ええ、わかっております。ありがとう」
「では失礼いたします」
ついでに三人目が大きな
巨大な額縁に飾られた絵画を立てかけ、揃ってそそくさと退散してしまった。
気を遣ってくれたのだろうけど、今はイヤラシイ気分にもなれない。
是非ともこの絵画を描いた絵師に詳しく話を聞きたいくらいだ。
この鮮やかな色使いとか、俺が追い求めてやまなかったものだから。
「これと同じようにわたくしを描いて頂きたいのです」
「同じように、ですか」
「ええ。絵描きというのはわたくしも詳しく存じませんが、絵を描ける方、ということに違いは無いのでしょう?」
確かにそうだが、俺は……。
「ですから、どうかわたくしのためにも描いていただけないでしょうか?」
……この願いばかりは、俺にも叶えられそうにない。
意気揚々と耳を傾けてみたのに、まさかこんな結果が待っているなんてな。
こんなことならセリエーネとウルリーシャにあんな話をするんじゃなかった。
そもそも俺はデジタルピクチャー派で、油絵なんて高校生の授業以来だ。
嘘じゃない、けど俺と女王様とでは絵描きへの認識が違い過ぎるんだ。こんなプロ級の絵と同じ物なんて到底描ける訳が無いだろう。
だったら、いっそ。
「ごめん女王様、これは俺には無理だ。俺は言うほど絵が上手い訳じゃないからさ」
もう本当のことを話してしまおう。
俺は絵師でも底辺中の底辺なんだって。
SNSでもうだつの上がらない木っ端なんだってな。
「それでも構いません」
「――えっ?」
だけど女王様のハッキリとした一言が俺の頭を突き抜けた。
そんな彼女の表情は真剣で、でもどこか優しくて。
その口元が僅かに微笑むと、柔らかく開いた。
「わたくしはそれでも、ピクト様に描いて頂きたいのです。あなたの描くわたくしを観たい、そう願っています」
「女王様……」
「あとですね、その女王様呼びはこういう二人きりの場所ではやめてください。名前で、呼び捨てで、愛情をもって囁いてください」
「ちゅ、注文が多いな!?」
「ふふっ、わたくし普段はこう我儘なのですよ? エルフらしくなく好奇心旺盛で、昔はよく禁を犯して森の外に出たり。あげく里を飛び出して冒険者となって、勇者とも出会って邪王と戦ったくらいなんですからっ」
「それ全部望んだことだっていうなら、最強の我儘女王だな」
「ええそうですとも?」
俺の戯言も、彼女にとっては笑いの種にしかならなかったようだ。
途端にクスクスと笑い、足まで子どものようにパタパタとさせてしまっていて。
こういう無邪気な所が容姿に似つかわしくて可愛いって思う。
「ですから命令です。ピクトよ、わたくしを描きなさい。あなたの思うままに」
「……わかったよ、俺の負けだ。出来るだけの技術を奮わせて頂きますよ、エーフェ」
「ふふっ、よろしいっ」
そんなエーフェの本当の姿が俺にも勇気を与えてくれたらしい。
気付けばこっちにも笑顔が
それに、何気なく呼んだ愛称も彼女は気に入ってくれた。
俺のおぼつかない筆の持ち方も見過ごしてくれた。
だからやるだけやってみようと思えたのだ。
無理だと思わず、諦めずに、自分の思うがままに。
親友の言葉を思い出して、初心に帰ったつもりで挑むとしよう。
その意気込みに従い、用意された真っ白のキャンパスに絵の具を塗りたくった。
悩んで、足掻いて、何度もやり直して。
それから試行錯誤を繰り返してはや一ヵ月。
ここまでやってようやく自分が納得する絵を描ききることが出来たのである。
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