第6話 身分証明が出来ません!

「おい、ボーっとしてて大丈夫かお前?」


「え!? あ、はいすいません、生前――じゃなくて以前住んでた所のこと思い出していまして」


 想定外の事態に、堪らず思考停止してしまっていた。

 だ、だけど名前がわからないなら仕方がない。なんとか場を誤魔化さないと。


「え、ええと俺の名前はピクト、そう、ピクト・グラムです」


「ふむ、まぁ聞いたことのない名前だ。それほど深い罪は犯していないってことか」


 ふぅ、なんとか誤魔化せた。

 しかしまさかの犯罪者スタートってことが判明だ。

 流民ってつまり犯罪者って意味だったのかよ、くっそぉ初動しくじった……!


 だけど身分証明できなきゃどちらにせよ流民ルート確定だ。

 さっさと見せるもの見せて証明しないと。


 だがな、任せろ! 俺には秘策があるッ!!!


 そこで俺が取りだしたのはポケットに入れておいた財布!

 中には確か一万円札と千円札数枚が入っていたはず!

 そしてなによりッ!


「さぁ~これが俺の身分証明ッ! 出ろーーーッ! マイナンバァーカードッ!」


 生前じゃああまり活躍しなかったが、取得に頑張った甲斐があったというもの!

 そんな俺の伝説を財布から指で挟んで抜き取り、スタイリッシュに兵士へと差し出してやった。


 どうだッ! これが俺の生きている証明だッ!


「……で、この板っきれがなんなんだ?」


「これが俺の身分証明でですね、日本の――あれ?」


 だが!

 なんと!

 カードに何も書かれていない!?


 真っ白だ。ただの四角いカードだ。

 どどどどういうことだアアア!!!!!?????


『あっごっめーん! 言ってなかったけど、身に着けていた物はこの世界に転生した際に再構築したものだから微細な部分は端折ってるのー!』


 そ れ を は や く 言 え よ!


 そうだよな。自分の名前がわからないくらいだもんな。

 身分証明書だって名前が消えていてもおかしくないよな。


 次に免許証を取り出してみたけどこれもダメだった。もちろん他のカードも。

 ついでに言うと万札も千円札もタダの紙になっちまってる。

 硬貨もただの金属の円板と化していた。せめて紋様くらいは残そう?


 すなわち財布はただのゴミ袋だ。なんならこの財布の方が高く売れそう。

 この調子だとスマホもただのプラスチックケースだろうな。


「それで身分証明は?」


「すいません、何も無いっす」


「なら町には入れんな。悪いが諦めてくれ」


 ちょっとショックが強過ぎて膝から崩れ落ちてしまった。


 でも俺に害意が無いってことは理解してくれたのか、兵士さんたちは半笑いで受け流してくれた。

 きっといい人たちってことには違い無いんだろうな、規則を破れないってだけで。


 しかしせめて身分証明くらいはどうにかして欲しかった。

 へるぱちゃん聞いてる? 君に言ってるんだけど?


 なお現在へるぱは布団に入って無視をキメている。

 そのふかふかしてそうな布団を寄越せと言ってやりたい。いや、後で絶対言う。


「……この壁を右沿いに進めば流民区がある。そこなら寝泊りくらいはできるかもしれん」


「え?」


「どう身を守るかは君次第だがね」


 こんな俺を見かねてなのか、兵士さんがこう呟いてから踵を返していた。

 とても嬉しい情報をありがとう。その優しさにはもう感服です。


 ただ、町の門はもう閉じられてしまうらしい。兵士さんたちが急いで戻っていく。

 それはつまり外が危険という認識で間違いないのだろう。

 だったら俺も項垂れている暇なんてなさそうだ。


 もう陽が落ちきってしまう。

 暗くなったら何が襲ってくるかわかったもんじゃない。


 少し焦りを覚えつつ、膝を突いた状態から一気に駆け出して壁沿いを行く。

 教えてくれた流民区とやらはまだ見えない。まだずっと先にあるのだろう。


 だから俺は辺りが完全に闇に呑まれてもなお走り続けた。

 体はガタガタだが体力は少し戻っていたらしい、まだなんとかいけそうだ。


「はぁ、はぁ……あ、あった! あれが流民区……!」

 

 そのおかげで早々にそれらしい場所を見つけることができた。


 辿り着いたら食べ物と寝場所にありつこう。

 そんな期待を胸に、俺は残る体力を振り絞って足を動かし続けた。

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