第二章

第7話 所持品再構築も意外と悪くない

「は、ひ……も、もうダメだ、限界だあっ!」


 流民区という場所にはなんとか辿り着くことができた。

 質素な木製の柵を乗り越え、中に生えていた木の下へ崩れるように座り込む。


 いくら魔物とか呼ばれる怪物でも人の領域には早々来ないだろう。

 来ないよな? 来ないで欲しい。


 そう願いつつ体を休めて息を整える。

 それで休むこと三〇分ほど。


「もう呼吸が落ち着いてきたな。やっぱり体力回復が早い。高校生の頃に学校のイベントで長距離マラソンやらされた時なんて、やりきった直後から一時間くらい動けなくなったもんだったんだが」


 やはり、もう立とうと思えば立てそうだし気怠さも無い。

 まだ二六歳と肉体の衰えが出るような歳じゃないが、インドア派なだけに体力に自信が無かったから改めて驚かされた。


 ……そういえば、へるぱが「異世界に転生させる際に再構築した」とか言っていたな。

 もしかしてそれは肉体も一緒で、この世界に順応させてあるのだろうか?

 そうだとすれば体が前より動くのも、言葉がすんなり通じたのも合点がいく。


 ま、理屈は置いておくとしても余計な面倒がなくて助かった。


 そのへるぱと言えば、まだ視界の右下で布団の中。

 起きて騒がれてもうるさいだけだし、これが狸寝入りだとわかっていてもほっといた方が得策だな。


「さて、と……少し歩き回ってみるか」


 静かな内にと立ち上がり、流民区の方へと視線を向ける。


 ……本当に静かだ。

 人の気配は微かに感じるけど、活気というものはまるでない。

 夜なら明かりを灯しそうなのだが、建物からそんな光が漏れる様子もないのだ。


 まるで住民が息を殺して生活しているかのように。


 とはいうものの明かり自体が無い訳でもない。

 建物沿いを歩いて表通りに出てみると、道の真ん中で焚火をしている連中を見つけた。

 街の警備員、にしては少しガラの悪そうな雰囲気だ。


「ウイーッス、どうもー」


 焚火に枯れ木をくべていたのはみすぼらしい格好の男二人。

 どちらも声をかけた途端にギロリと睨んでくる。


「なんだァテメェ?」

「見ねぇ顔だな」


 言葉遣いも明らかにチンピラのそれで、少しビビッて一歩下がってしまった。

 すると奴らはそれに合わせて立ち上がり、こっちに歩み寄ってきていて。


「え、ええとぉ俺はですねぇ、今しがた辿り着いたばかりで右も左もわからなくってぇ」


「あ? んじゃテメェも流民か?」


 怖い目で睨んで見上げてくる姿はまさに噂に聞くヤクザそのものだ。

 それでも「テメェ」と言われた辺り、彼らもやっぱり流民なのだろう。


「そ、そうなんすよぉ~! それで町に入れてもらえなくて、そうしたら門番さんがこっちに流民区があるっていうんで来たんです!」


 同じ流民ならきっと受け入れてくれるハズ。

 もしそうしてくれるなら俺も従うことは吝かじゃないぞ。


 ……などと思っていたが、受け入れてくれるような雰囲気にはとても見えない。


「見ろよコイツ、なかなか綺麗な服着てるじゃねぇか」

「おいおいおい、こりゃまた鮮やかで上等な生地のシロモンだなぁ?」


 いえいえそんなことはありませんですことよ。

 ユニシロで買った普通のシャツと上着とチノパンですぅ!

 ほぼほぼ安価なポリエステル製でございまぁす!!


「売ったらいい金になるぜ、きっと」

「おいテメェ、とっととその服を脱ぎな。死にたくなかったらな」


 だが無抵抗にも関わらず二人は止まらない。

 ついには一人がナイフまで取り出した。

 刀身が錆だらけでまっ茶色だが、それはそれで危なそうな代物だ。


「いやいや、俺一文無しなんで服剥かれたら全裸で生きていかなきゃなんない訳でして!」


「なら死んじまいな! 流民なら誰も悲しまねぇよお!」


「うっおおお!!?」


 ダメだ、聞く耳もたない。

 ナイフを取り出した男が問答無用に刃先を突き出してきた!


 しかしそれを間一髪、後ろに下がって躱す。

 ウサギちゃんとの戦いのおかげで回避に自信ができたおかげだ。


 だが男はそれでも止まらない。

 まるで俺の動きがわかっていたかのように更に踏み込んできていたのだ。


 それもナイフを俺の腹へと深々と抉らんばかりに突き込みながら。


「がああっ!?」


 腹部に衝撃が走る。

 ジワリとした痛みが滲む。

 おまけに肩までぶつけられたせいで後ろに弾かれてしまった。


 これは、やられちまった、か……!?


「――って、あれ?」


 でも不思議と何ともない。

 吹っ飛ばされても倒れずに持ち直すことができるくらいに。

 腹もほんのちょっと痛みが走っただけで、触れても傷がある感じはしない。


「な、なんだとォ!? 俺のナイフがあっ!?」


 その一方で男のナイフはといえば、根本から砕けるように折れていた。

 元々劣化が進んでいたのもあると思うが、それにしても刃物の方が先に砕けるなんてどういうことなんだ?


『ああ~そうそう、これ言い忘れてたんですけどぉ』


 そんな時、へるぱが寝返りを打って真顔でこちらに向いてくる。


『あなたの世界にあるポリエステルってこの世界じゃ再現できなくってぇ。だから似たような感じで再構築したら別素材になっちゃったんですよー』


「え? じゃあその別素材って?」


『それがこの世界の古代製法で精製されたアマネシアル繊維っていう素材でして。あなたの世界で言う所のケブラー繊維並みの強靭さを誇りまーす』


 オゥ……ケ、ケブラーって防弾チョッキとかにも使われる素材じゃねーか!?

 つまり俺の初期防具は最強装備だったってこと?

 どうりで原始的で錆びきったナイフ如きじゃ刃が通らない訳だ。


「こ、この野郎、何一人でぶつくさ言ってやがるっ!」


「こうなったら力づくでぇ!」


 しかし二人にはそれでも諦める気はないらしい。

 揃って拳を構え、俺へと向けて歩み寄ってくる。


 けどな、容赦ないっていうなら俺にも考えがあるだぜ!


「へるぱ、確か言ってたよな? ウサちゃんを倒したことで俺の拡張性が増えているって」


『ええもう!』


 だったら問題無い。

 こんなよくわからんモブ男×2なんざ俺の力でブッ飛ばしてやるだけだッ!




 故に直後、俺は二人を集落から叩き出してやったのだ。

 両掌から二つ同時に放った非常口:放によって。

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