第36話 精神文明を築くエルフという種族
身を乗り出していた女王様がふと我に返り、自席へと再び座る。
仕舞いにはまた「ふふっ!」と微笑みを見せながら。
ギネスの話がよほど楽しかったようだ。
「なるほどなるほど。確かに百年ほど昔に不可侵条約は交わしましたが、まさかそのような伝承にまで発展しているとは露にも思いませんでした」
「やはり百年は人間にとっては長すぎたのかもしれませんな」
「ええ、あの時はただかつての王と親密な約束を取り交わしただけで、そのような風に流布するするとは思いもしませんでしたね」
なんだろうこの人たちは。考えていることがよくわからないな。
まるで自分たちが直接百年前に約束を交わしたみたいなことを言っているが。
彼らにとっても二~三代くらい前の話だろうに。
リディスさんはともかく、女王様はまだ二十代行くか行かないか、ってくらいだし。
「やはり森で暮らしていると時が流れるのは早く感じます。だからこそ外の世界の変化が面白く感じてなりませんね」
「女王陛下は好奇心旺盛であられますしな。もう十数年で齢七百にもなりますし、少しは抑えては如何か」
「いえいえ、この御年だからこそますます好奇心が溢れるというものです」
……は?
なな、ひゃく?
目の前の美少女が、ななひゃくさい……?
はあああああああああああ!!!!!?????
「あらピクト様、そのお顔は一体どういう意図なのかしら? ワクワク」
「驚愕しているようにしか見えませんな」
「ピクト、アンタまさか本当にエルフ様のことを知らないのン……?」
し、知るものかよ!
俺はほんの一ヵ月前まで地球の日本人だったんだ、そんな異世界種族のことなんて知る訳がねーっ!
「エルフ様は超長寿で有名な種族なのよ?」
「ええそうですね。長き者ですと千歳を超える者もいらっしゃるとか」
「じょ、冗談だろ……!? じゃあセリエーネとウルリーシャは!?」
「あの子たちももう百歳は越えていると思いますが……」
ひゃく!
あのアホの子とメンヘラっ子が百歳!
や、やべぇなエルフ。
若作りなんてレベルの話じゃないぞ!?
そもそもエーフェニミスさんはあの二人より若く見えるし!!!!!
「ちなみにピクト様はおいくつで?」
「え、二六歳っすけど……」
「では我々から見たらまだ幼児ですね、ふふっ!」
すると女王様が身を乗り出し、俺の頭をナデナデしてくれた。
何だろうな、この気分は。
超絶美少女に頭を撫でられた嬉しみと、相手が超絶年増だったという哀しみ。
その二つの感情のせめぎ合いで素直に喜べないんですが?
……ああもう、彼等の年齢について深く考えることはやめようと思う。
今ここに一緒にいる時間こそが何より大事なのだと。
――と自分の気持ちを誤魔化し、女王様の好意に頭を下げておく。
「それにしても、今の人間がどのような目でわたくしたちを見ていたのかがよくわかりました。なるほど、それならばそこの御方が恐れるのも無理はありませんね」
しかし女王様はそんな些細なことなんて気にも留めずに話を続ける。
ただ、あいかわらず彼女は笑顔のまま。何一つ不快とすら思っていないようだ。
「ですが実際は異なります。わたくしたちはこうしてあなた方と大差がなく、あるのは寿命の長さや魔法適正の差くらい。自然との共存の仕方を知る、ごく普通の人間の亜種でしかありません。決して恐れるような存在ではないのですよ」
他にも美貌など見た目もかなり違いがあるとは思う。
ただその点に言及しない辺り、外観にはそれほどの執着はないのだろう。
だからか一切の嫌味を感じない。
自分たちの存在をぼやかそうとするような意図が一切見えないからだ。
おかげで今はもうギネスが女王様に顔を向けられている。
伝承が所詮伝承でしかないのだと気付かされたんだ。
「それでは、今度はわたくしたちの話を致しましょう」
そう注目される中で、女王様が机に腕を乗せて視線を返してくる。
「今お話した通り、わたくしたちは自然との共存を第一に考えた種族であり、文明を築くことを選んだ人間とは生き方や観点が異なります。例えばわたくしたちは発展を望まないので、何かを造り上げるという能力に乏しいのです」
「それ故に我らは長い年月を昔からある文化のままに利用し続けている。この聖殿もそう。いつまでも姿を変えずに、壊れたならば直して、延々と同じことを繰り返し続けているのだ」
「しかし一方で、精神文明においては非常に発達していると言えるでしょう」
「精神文明……?」
またよくわからない言葉が出てきたな。
これもエルフ独特の文化の形なのだろうか。
「精神文明とは所謂、星神様と呼応するための力。自然を理解し、受け入れ、彼らの声を聴くために魂を進化させること」
「魂の進化……」
「そうして魂をより高みへと引き上げることでこの世界との交信が可能となります。その結果、世界の力を借り得ることが叶い、その大いなる力が肉体にも影響を与えます」
「その末に我らは長寿となった」
「それがエルフという種族。文明を得ない代わりに世界と交信し、時には今降り注ぐ雨のように天候を操ることもできましょう」
「もっとも、それは女王陛下にしか成せぬことではあるがな」
「ただしそれはエルフの長という立場であるが故。本来ならばエルフであれば誰しもが成し得ることです」
要はエルフなら世界に色々と融通が利く、ということか。
天候を変えたりするくらいなら余裕って訳だ。
ただその力は人間にとっては脅威になり得る。
自然の力も過ぎたものであれば、文明を簡単に流し去ってしまいかねないから。
だからあの野盗たちはそれを狙って女王様を攫おうとしたのかもしれない。
そうも思い付くと俺は思わずウンウンと頷いてしまっていた。
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