第34話 メンヘラ女子ウルリーシャちゃん
「……まぁいっか、ピクトはピクトだし」
セリエーネはアホの子だった訳だが、立ち直る速度もアホみたいに早かった。
ついさっきまで泣き叫んで命乞いしていたのだが、落ち着いたら普段通りにもどってしまった。
「んもぉ、セリエーネはあいかわらずおバカなんだからぁ……」
「ウルリーシャみたいにビクビクして生きるよりはマシよ」
俺的には少しくらいは考えて生きて欲しいと思う。
『そう、それはこのへるぱちゃんのように知恵で誰かを助けられるくらいにっ!』
そうだな。
そう思うから視界のセンターを陣取るのはやめてくれ。
それとへるぱ、いつの間にバーカウンターを消したんだ?
「セリエーネはもう少し人を疑うことを覚えないとダメよぉ!」
「相手がピクトならそんな必要ないってわかるでしょお!」
……と、へるぱに意識を向けていた間に取っ組み合いの喧嘩になっている。
それなので間に両腕を伸ばし、顔を引き離すようにして止めさせてあげた。
「ハイハーイ、喧嘩は良くないからな~」
「「むうう~~~!」」
まったく、この姉妹は仲がいいんだか悪いんだか。
しかし聞いた時は驚いたが、二人は姉妹とは思えないくらいにどこも似ていない。
もっとも、父親が同じでありながらも別々の母親から同時に産まれた「異双子」ということらしいが。
強烈に複雑な生まれなのにここまで仲がいいのもなかなか興味深い。
とはいえ、個人的にはまだセリエーネの方が親しみはある。
俺のことを頼ってくれたし、こうしてすぐに信頼を取り戻してくれたし。
女の子に慕われるって嬉しいよな、ホント。
……あ、やべ。
ふと昔のことを思い出してつい涙が。
「ど、どうしたのピクト!?」
「いやな、ちょっと考え事していたら昔の嫌なことを思い出しちゃって……」
「嫌なこと、です?」
「うん、昔さ、高校でクラスメイトの女の子がいて、最初はちょっと普通に話せるくらい仲が良かったんだ。だけど……」
「だ、だけど?」
「ある日を境に、その子はいきなり俺を嫌うように罵り始めて……うぅ……」
あの時のことは本当にトラウマになった。
俺から何かした訳じゃないし、せいぜい夏休みの間疎遠になっただけなのに。
二学期になったら訳もわからないまま俺を避けてきたんだよなぁ。
辛かったなぁ。
女の子っていうのがよくわからなくなるくらいに。
「ピクトさん……」
だがそう思い出に耽っていた時、手にギュッとした感覚が伝わってくる。
ウルリーシャが俺の手を両手で握り締めていたのだ。
「わかります! その気持ちすっっっごいわかりますぅ!」
「へっ?」
「そうなんですよね! 訳もわからず嫌われるってありますよね! 私もそうなんです! 友達だと思っていた子からいきなり嫌われたりとかあって、嫌で嫌で仕方がなくてぇ!」
……どうやら今度はウルリーシャのスイッチが入ってしまったようだ。
なんだろう、この共感的な所はどうにもセリエーネに通じる所がある。
「ウルリーシャってさ、こういう気弱で内気な性格だからよくイジメられるんだよねぇ」
「な、なるほど」
「――それで私もどうしてって聞いたのに彼は何も答えないで頬をぶってきて痛いって返しても見下してきたり謝ろうともしないで鼻で笑ってきてそれがとっても苦しくて辛くて泣いちゃって――」
おうおう、喋り出して止まらない。
さすが姉妹、こういう所だけは似ているのな。
「――聞いてますかピクトさん?」
「ハイ」
「それでですね――」
それに加えてほんの少しメンヘラ味があると。
なかなかに癖が強いわ、この姉妹。
けど興奮するままにプニプニの手でギュッとされるのは、うん、まぁ悪く無い。
「すまない、ピクト殿はいるか?」
おっ!? 救世主リディスさんが訪ねてきてくれた!
助かった。このままウルリーシャの愚痴に延々と付き合わされるハメになる所だったぜ……!
「う……あ、その邪魔したかな?」
おっとウルリーシャちゃんが振り向いた途端、リディスさんの様子がなんかおかしくなったぞ。
なんか怖い物を見たような表情をしているがきっと気のせいだろう。
しかしその隙を突き、握られていた手から離れて一歩引く。
それでもって素早い足さばきでササーッとリディスさんの下へ。
「いやぁ~リディスさん奇遇ですね、俺も用があったんすよぉ~!」
「え? あ、そ、そうか。それなら丁度いい。ちょっと女王陛下がお呼びでな、来て欲しいのだ」
「もちろんですともっ! ささ、行きましょうっ!」
「「ああ~もぉ~~~!」」
すまないな二人とも。
これ以上付き合うとこっちの精神が崩壊しかねないんだ。
まだ出会ったばかりで落ち着けていないってのもあるだろうし、しばらくは頭を冷やしていてもらおう。
そんな訳で二人を置いて居住樹から離れる。
するとリディスが傘を渡してくれたので、早速と雨の中を歩くことになった。
傘は巨大な葉を加工して造ったもの。
枝に葉を縛り付け、紐で繋いで逸らせて広げ、雨を除けるようにさせてある。
これがファンタジー世界の傘かと思うと中々に興味深い。
ただ、それでも地面のぬかるみだけはどうしようもない。
二日以上も続く雨でほぼほぼ浸りきっており、歩くのも少し憚れる。
「この雨、いつまで続くんです?」
「さぁな。少なくともあと一、二日くらいは見た方がいいだろう。それくらい我らエルフの祈りは強力なのだ」
「あの火事を人為的に抑えたっていうことは素直にすごいと思いますね」
「そうだろう? それにこの雨は森を潤し、循環し、木々の成長をも促す。さすれば焼けた箇所も自然と元通りになるだろう」
「なるほど、それがあの落ち着きようの正体ですか」
まったくもってこのエルフの里という場所には驚かされてばかりだ。
彼らにとっては森が焼かれることもまた自然の成り行きの一つなのだろう。
そしてその対処法も熟知しているから慌てる必要もない。
その点は人間よりずっと精神的に成熟しているって気がする。
「あら、ピクトじゃなぁい」
「お、ギネス丁度いい所に。お前も来い」
「ど、どこへ?」
「麗しの女王陛下の所だ」
「ああ~~~アタシちょっと用事を思い出して――」
「ダメだ。お前がいないと話が通じない場合もあるんだからな!」
「そんな殺生なぁ~~~!」
ついでにギネスも捕まえてから、お待ちしている女王陛下の下へ。
さて、エーフェニミスさんは一体何の用で俺を呼び出したのやら。
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