第52話 そして物語は冒頭と繋がった

 ガルテニア王国王城、謁見の間。

 磨かれた大理石の壁と床にステンドグラスから日光が注ぎ、まるで空間そのものが輝いているかのようだった。

 その建築技術は既に失われているが、美しさは今なお色褪せることなく活き続けている。

 まさに歴史の長いガルテニア王国を象徴するに相応しい様相と言えよう。

 

「おほぉ~~~ついに来たか! 待ちわびたぞぉ~~~!」


 そんな場に本城の当主であり国を治める国王、ガルテニアス十三世の醜い声が響き渡った。

 まるで売女を待ちかねていたかのような気品溢れない一声だ。


 国王は今年で齢五二歳とそれなりに高齢。

 しかしエーフェニミスを見た途端に男の本性を曝けだすほど本能的。


 故に彼女が目前にまで連れて来られると、締まらない顔がニタニタと笑う。

 さらには丸い身を乗り出させて揺らし、垂れた頬をさらに醜く歪ませてもいて。


 それでもエーフェニミスを連れてきた兵は表情も変えず、彼女を床へ伏せさせつつ一礼して場を去る。

 そして残された彼女との対面に、とうとう国王の情欲が溢れ出した。


「ククク、よく来てくれたなエルフの女王。お前に会うことが幼い頃からのワシの夢でもあった。それがこうして叶うなど、まだ夢を見ているようじゃなあ……!」


 遂には舌なめずりまで。

 とても王とは思えない下品さだ。


「百年前の出来事はもちろん聞き及んでおる。しかしなぁ、エルフを忌避する伝説がある故、その容姿だけは唯一王族にのみ伝えられることとなったのだ」


「……」


「そしてその姿……っ! まさにあの絵画に記されたままの姿よぉ~~~!」


 今この場にいるのは二人だけ。

 壁の向こうにいる兵たちに話は聞こえない。

 たとえ聞こえていても、国王のことを知る以上は何一つ気にも留めないだろう。


「送り出した密命部隊の消息が断った時は驚かされたが、バーギュの奴が捕まえたと聞いた時には天にも昇る気持ちだったわい。ふひひひっ!」


 故に国王は留まるつもりなどなかった。

 己の欲望を曝け出すことにも、彼女の処遇をどうするかさえも。


 こうして隠し事を語ることさえも、止める者は誰一人としていない。


「な、なぜ……」


「うん?」


「なぜこのようなことをなさるのです……? わたくしたちはただ静かに暮らしたかっただけなのに……」


 そんな中、エーフェニミスが弱々しく訴えを返す。

 震え、怯える様子を見せながらも必死そうな小さい声で。


 だがその小鳥の囀りのような声も、ただ国王の情欲を掻き立てるだけだった。


「貴様のような危険な女を放っておく訳がなかろぉ~? 故に貴様を捕まえることにした。天変地異を操る力とやら、我が王国の繁栄のためにも存分に使わせてもらうぞ。ありがたく思うがよい」


「それだけ? たったそれだけの理由なのです……?」


「――それだけではなぁい! おまけにこうも美しいとあれば手にしたくもなるであろうっ! なぁに、毎夜に目一杯愛でてやるから安心せよぉ! ぐっひひひひっ!」


 一言目は建前。

 二言目が本音。

 そうハッキリとわかる程に態度があからさまだ。


 しかし、それ以上の理由が無いということもまた明白である。


「……やはりそう、ですか」


 そう悟ったが故にこの時、エーフェニミスは前触れもなくスッと立ち上がっていた。


「ぬっ!?」


 これ以上の茶番は必要無いと理解したのだ。


 そうして露わとなったのはピクトに見せたのと同じ、女王としての毅然な姿。

 余裕さえ感じさせる微笑みまで浮かべ、先ほどとはまるで別人のよう。


 その異様な変わりように、国王も思わず目を見開かせるなど動揺を見せた。


「もう少しお時間がかかるかと思いましたが、想定よりもずっと早く語って頂いてとても助かりました。おかげでわたくしも身を守るという大義名分を得ることが出来ます。感謝いたします、何代目かは知らないガルテニア国王様」


「な、なんだ貴様、急に何を……」


「ええ見ての通りです。もう偽る必要は無いと思いましてぇ……!」


 しかも妙に挑発的。

 ただそうして不敵に笑う様子はなぜか様となっていた。


 まるで「これが本当の私である」と云わんばかりに。


「き、急に強気になりおって! 貴様一人に何が出来よう!? ワシが呼べばすぐさまこの場所に数百の兵が集まるのだぞ!?」


「そうですねぇ、確かにわたくし殺生は苦手でして。それほど多くの者達に囲まれてしまえばどうにもならないかもしれません」


「ならば大人しく――」


「で す がぁ!」


「――ッ!?」


「実はわたくし、とぉ~っても頼もしいお友達がおりましてぇ。是非とも国王様にご紹介してさしあげたくってぇ~~~! ウッフフフフッ!」


 笑う。

 エーフェニミスは愉快に、高らかに笑う。

 今にもこの場で踊り出しそうなほどにドレスを揺らさせて。


 そして両手をゆらりと上げ躍らせると、右手がふと懐の中へと潜り込む。

 すると薄布の隙間から何か手鏡のような物をスッと取り出した。


 緑色の枠を持つ、見るからに奇妙な物体を。


「な、なんだそれ――」


 だが国王が驚く間も無く、その奇妙な手鏡はすでに

 異変に気付いた兵士たちが雪崩れ込む中、手鏡が歪んで広がり、何かを排出していく。


 人の腕。

 さらには頭、体。

 手鏡の枠から次々にズルズルと這い出てくる。


 そしてその眼が国王を捉えると、出てきたもが目を輝かせてニタリと笑った。




「ぼぉ~くピクトえもぉ~~~ん……! サブカルの世界から来たヒト型決戦兵器だよぉぉぉ~~~ん!」




 そう、ピクトである。

 なんと小さな手鏡状の物体から彼が「ズルンッ!」と飛び出したのだ。


 しかも続いてギネスまでが同じようにして現れる。


「そしてコイツが筋肉野郎だ」


「んもぅ! アタシだけ紹介雑じゃなぁい!?」


 突然の男二人の出現に国王も兵士たちも狼狽するばかりだ。

 一切の予兆すらなく現れるなど、どのような魔法を使っても有り得ないからこそ。


「な、なんなのだ貴様らは!? はっ、その服装……まさか流民かあっ!?」


「はいはい正解~! 女王様の危機に馳せ参じた野郎二人でございまぁす!」


 一方のピクトはやはりいつも通り。ニヤニヤと笑いつつ拍手までする始末。

 こうして軽口をも叩き、兵士たちに囲まれていようとも一切臆してはいなかった。


 それは単に、こうなることを全て予測していたから。

 今の状況もまたエーフェニミスが立てた作戦通りの展開だったのだ。


 これを名付けて〝スケープロード作戦〟。

 敢えてエーフェニミスを囮にし、一切の障害をスルーすることで一気に本丸へと到達するという奇策だったのである。


 そしてその結果は既に物語の冒頭にて知れた通り。

 ピクトが暴れて兵士たちを薙ぎ払い、見事国王を追い詰めたという訳だ。


 故に今、ピクトは誇らしげに笑う。

 ここまでに集めた絆は決して無駄ではなかったのだと。

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