第37話 天使のチャット
「聞いてくれるか。我が友よ」
朝、学校へ行くと、待ち伏せていたかのように平から声をかけられた。
「何かいいことでもあったのか?」
彼は渋い顔を作り、腕を組んで俺の席に座っている。
普通の人ならばこの姿を見て不機嫌そうだと感じるかもしれないが、平の場合これはご機嫌である証拠だ。
「わかるか?」
「ああ、お前がそんな戦国武将気取りみたいな喋り方する時は良いことがあった時か嫌いな奴に悪いことがあった時だ」
平は目を閉じ、フッと笑う。
「流石だな。僕のことをよく見ている。しかし一つ訂正させてもらうとするならばこれは決して戦国大名気取りではない。僕はどちらかというと奈良、平安辺りの時代の方が好きだ」
「……似たようなものじゃないのか?」
「は? おいおい、君は今までの人生で一体何を勉強してきたんだ? 小学校中学校と九年間も義務教育を受けた人間の発言がそれか? ひょっとして九年ずっと学校に来て日向ぼっこしてただけなんじゃないのか? うん?」
はち切れんばかりに目を見開き、平は俺を威圧する。
これが本当に不機嫌になった時の平だ。さっきまでとは全然違うだろ。赤牙の件で分かったことだが、こいつは感情の起伏がとことん激しいタイプなのだ。
「と、とりあえずそれはいいとして、何があったんだ?」
俺は平の気を逸らすべく、話題の軌道を修正する。
「ん? ああ、実はな。名案を思い付いたのさ」
「名案? 何の?」
「決まってるだろ。天塚さんとお近づきになるためのだ!」
やっぱりその話か。こいつがこんなウキウキになる話題なんてそれしかないよな。
「僕は今日、あの人の連絡先を入手しようと思っている。約束通り、君にも手伝ってもらうぞ?」
「それはいいけど、随分急だな。いきなり連絡先だなんて」
普通そういうのってある程度仲良くなってから聞き出すものなんじゃないのか。そもそもあいつがスマホを持っているのかどうかすら怪しいし、成果を得られるとは思えないな。
「確かにスマホの電話番号やメールアドレスの交換、SNSのフレンド登録申請などを了承してもらえる可能性は低い。いや、ハッキリ言って皆無だ。僕は現状彼女に全く好かれていないどころか、恐らく存在を認知さえされていない!」
実に正しい状況分析だ。熱くなっているように見えて、案外冷静に自分を俯瞰できているらしい。
「そこでこれだ」
彼が取り出したのは一台のタブレット端末だ。
「それは……」
「生徒用のタブレットさ。入学した時に配布されたろ?」
授業で使うとか言って、全校生徒に一台ずつ配布されたタブレットだ。中には教科書のデータとか、知育系のゲームなんかが入っている。
本来なら授業中もこのタブレットを活用して勉強すべきなのだろうが、まだ今年導入されたばかりらしく、ほとんどの先生がこれを活用できていない。どころか授業中に触っていると怒られる。
あまりに出番がないので俺のタブレットは自室の机の上で薄っすらと埃を被っている始末だ。
どれだけ便利な道具を用意しようが、使い手次第では無用の長物と化す。道具の進化に人間が付いていけなければ意味がないのだ。その内進化しすぎた道具に人間が支配されるようなことにならなきゃいいが。
「それで、これがどうした?」
「君はほとんど触ってないみたいだけど、これにはチャット機能が付いていてね。同じクラスの人間は最初から全員同じグループに登録されていて、自由に交流することができるんだ」
「ああ……そういえば最初の内にふざけて色々送ってた奴がいたような……?」
「さらにこれには個人チャットの機能もあって、特定の個人と自由に連絡を取り合うことができる」
「へぇ、個人に?」
それは知らなかった。俺にチャットを送って来る奴も、逆に俺がチャットを送る相手も、一人たりともいないからな。教えてもらわなければその機能の存在すら知らないまま卒業していただろう。
「そして今日の朝、新しく天塚さんがクラスのグループに追加されたというメッセージが来た。確認したか?」
「知らん」
「とにかく来たんだ。これが何を意味するかわかるかい? 天塚さんに個人チャットを送ることが可能になったということだよ」
「……ん? お前は天塚の連絡先が知りたかったんだろ? じゃあ解決じゃないか」
「いいやまだだ!」
平は拳を強く握り、必殺技でも放つみたいに叫ぶ。
「いつでも連絡できるようになったということは、いつでも連絡できるようになったということではない!」
「……????」
「わからないか? 大義名分が必要なんだ。僕は天塚さんにチャットを送るに相応しい理由を持ち合わせていないんだよ!」
随分と熱の籠った叫びを上げるが、内容は実にしょうもない。要はチャットを送りたいけど何を話せばいいかわからないという初恋みたいな悩みを抱えているわけだ。
「そこで君には天塚さんにチャットを送るに相応しい大義名分を考えてほしい」
「そんなこと言われてもな……」
「本当に何でもいいんだ。ただ理由があればいい。戦を起こす際に、とんでもないこじつけで開戦事由をでっちあげることは歴史上でもよくあることだ」
「……その例えは本当に適切なのか?」
「この恋は戦なんだよ。ライバルは大勢いる。誰にも負けられないんだ。だから君の力を貸してくれ!」
「わかったよ……考えてみるからちょっと時間をくれ」
「おおお! かたじけない!」
約束があるからな。断るという選択肢はないが……さて、天使である天塚にチャットを送る大義名分とは、一体どんなものだろうか?
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