第21話 転校生

 美人の転校生の登場とあって、クラスは大いに沸き立った。それどころか、天塚の噂はあっという間に広がり、ホームルーム終了後にはうちのクラスの前に百人近い人だかりができていた。


「凄まじい人気だな」


 それも無理はない。アイドル顔負けの美貌を持つ少女が同じ空間にいるのだから興味を惹かれない方がおかしい。


「けど、あの様子じゃ誰もあの輪っかには気づいていない……のか?」


 ぼんやりとだが、確かに見える。頭上に浮かんだあの輪っか。


 他の人にも見えているのだとすれば、誰も触れないのはおかしいだろう。だって頭の上に輪が浮いてるんだぞ。疑問に思わないはずがない。

 ということは、俺の目がおかしいか、俺以外の全員がおかしいか、あるいはあの輪はなぜか俺にしか見えないようになっているかしかない。


「……ひとまず、気づいていないフリをしておくか」


 ここは周りの反応に合わせておいた方が無難だろう。わざわざあの輪の存在を指摘して騒ぎ立てることもない。

 なんだかんだ俺も、あの手のイレギュラーな存在には慣れてきた。見えているモノを見えていないフリすることだって朝飯前だ。


「なあ、風見。僕は天塚さんに告白しようと思う」


 奇妙な光景を目の当たりにし、冷静を保とうとする俺の横では、平が早くも次の恋を見つけていた。


「お前、赤牙はもういいのかよ」

「はぁ? なんだ嫌味か? 赤牙さんはもう君のものだろ。それとも僕に譲ってくれるのか? そんなの本人が納得しないだろ?」

「それは……まあ……」


 平の血が俺より美味ければ平気で乗り換えると思うがな。それはそれで望むところではあるが、残念なことに俺の血はかなり特殊らしいので、代わりはそうそう見つかるまい。


「だから僕は新たな恋を探しているんだ」

「切り替えが早いな」

「高校三年間なんてあっという間だぞ? くよくよしている時間なんてないんだよ」

「それにしても、あの人はちょっとハードル高すぎないか?」


 後ろに視線を向ければ、群がる生徒たちの隙間から辛うじて天塚の顔が見える。


「僕とは釣り合わないかな」

「誰とも釣り合わないだろ。少なくともこの学校の男子じゃ厳しい」


 彼女の隣に立てばどんな男でも不釣り合いに見えてしまうだろう。それこそ今を時めく大人気俳優やモデルでさえも、彼女が持つ圧倒的な華には拮抗しえないのではないか。

 ましてや田舎の男子高校生など、門前払いどころか門の前に立つことすら烏滸がましく感じる。


「けれど、僕は彼女に惚れてしまったんだ。他の女子にアプローチすれば、僕の気持ちを裏切ることになる。なにより、相手に失礼だ。僕が愛を伝えるのは、世界で一番愛している女子にだけだ。保険をかけるようなことはしたくない」

「惚れやすいくせに誠実とは難儀だな」

「そうでもない。僕は恋愛に真っすぐな僕のことが嫌いじゃないんだ」


 ……何をカッコつけてるんだこいつは。さっきまであんなに喚いて醜態を晒していたのに、よくそんな気障なことが言えるな。


「よし、じゃあさっそく声をかけてくるよ」

「あの人混みに突っ込む気か? 無謀だぞ」

「それでも動かなきゃ恋は始まらないだろ?」

「…………ごもっとも」


 とはいえ、天塚に話しかけてあわよくば返事を貰おうなどというのは至難の業だ。


 転校初日の転校生は、質問攻めにされるのがお決まりみたいなものだ。昔から俺は親の都合で何度か転校を繰り返しているのだが、その度にクラス中の奴らに群がられてあれやこれや質問されたのを憶えている。

 その上、天塚は頭の輪の件を除いてもただの転校生ではない。国宝級という賛辞を躊躇いなく当てはめることができるほどの美少女だ。質問攻めの勢いは通常の比ではなく、祭り染みた熱気を見せている。


 全員が一斉に話しかけるので、多分誰も会話が成立していない。というかここから見える限り、天塚は口を動かしてすらいない。数十人の生徒が美少女を中心に独り言を喋り続けるという地獄のような光景が広がっている。


 そんな中に突っ込んでいっても、一方的に質問を投げつけているだけの有象無象が一人増えるだけ。もちろん恋は始まらないし、友情も芽生えない。


 それを理解していながら、無謀にも平は人の山に突っ込んでいった。恋は盲目とはこのことなんだろうか。まだ出会って数分なんだけどな。


「あ、あの、僕、平正人って言います。趣味は……ぐへっ! に、日本史が好きで……ふごっ! し、資料館巡りを……げはっ!」


 平は人混みでもみくちゃにされ、ボロボロになって吐き出された。


「な、なんというガードの硬さ……流石にそう容易く声はかけられないか!」

「そういうことじゃないと思うけど」

「まだだ! まだ僕は諦めないぞ! 絶対お近づきになるんだ! うおおおおおおおおおおお! 好きな食べ物はなんですかああああああああああ!」


 ここは戦場なのか? ただ一声かけるためだけにそんなに大声を張り上げないと駄目なのか?


「あれ? そう言えば、赤牙の姿がないな」


 普段は自分の席にいることが多い赤牙だが、今は姿がない。彼女の席は人混みの中に呑まれてしまっているため、どこかに避難したんだろうか。


 そういえば、吸血鬼と天使は敵対関係にあるというようなことを赤牙が言っていたな。

 あの頭の輪。やはり最初に連想するのは天使だ。まさかとは思うが、ひょっとして彼女の正体は………………。


「────あの、少しいいかしら」


 天塚が口を開き、小さく声を発した瞬間、この場にいる全員が示し合わせたかのように静まり返った。さっきまでゲームセンターよりうるさかった教室が一瞬にして静寂に包まれる。


「聞きたいことがあるのだけれど」


 彼女の声は決して大きくないが、不思議と頭に入ってくる。どんな喧騒の中でも彼女の声なら漏らさず聞き取れるだろう。そんな彼女が特に感情の乗っていない涼しい顔で問いかける。


「この学校に、風見恵太という人間はいるかしら?」


 数百の瞳が、一斉に俺を見た。


 俺も教室を出てどこかへ避難しておくべきだったと、心の底から思った。

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