第20話 吸血鬼の恋バナ
「やっぱり……本当に付き合ってるんだ!」
疑惑が確信に変わった平は、真相を突き止めたというのに絶望の底に突き落とされたかのような顔をしている。そんなに赤牙が好きだったのか。
「ちょっとこっちへ」
俺は赤牙を教室の端へ誘導し、平に背を向けて耳打ちする。
「なんで認めるんだよ。絶対隠しとくべきだろ」
「なんで隠すの? 私は君に他の女が寄り付かないように付き合ってるのに。黙ってたら意味ないじゃん」
そうか、そう言えばこいつの目的はそうだったな。ついでに血を吸うために二人きりで人気のないところへ消えて行っても不自然ではない口実ができるという巧妙な計画だ。
「でも、俺はお前と付き合ってると思われたくないんだが」
「そんなこと言っちゃって。素直じゃないんだから」
「俺は本気で言ってるんだ! 吸血鬼と付き合ってるなんて知れたら……」
「大丈夫大丈夫、私が吸血鬼ってバレなきゃいいんだから。私だって自分の正体を隠すことに関してはプロだよ? この十五年間バレたことなんかほとんどないみたいなものなんだから」
「……なくはないのか」
そりゃそうだよな。空を平気で飛び回ったり、公園で暴れたりしてるんだから、ボロが出て当然だ。
「私だって表向きは真面目で可愛い女の子だよ? そんな私と付き合ってるなんて噂が立つのは、君にとっても悪いことじゃないと思うけど」
「……だからそれはバレない限りはの話だろうが」
「そんなに心配しないで。前にも言ったでしょ? 君にストレスを与えるようなことはしないって」
信用できるわけがない。それでもなぜか赤牙は自信満々で、俺に向けてこっそりサムズアップを見せてくる。
「あ、あの、赤牙さん!」
自分が突き止めてしまった真実から立ち直ったらしい平が、気力を振り絞って赤牙に声をかける。
「あの……聞きにくいことなんですけど、二人はその……どこまで?」
「どこまでって?」
「いや、その……手を繋いだとか。ハグをしたとか」
「ハグ? ハグはしたかな」
空を飛ぶ時にな。
「え、じゃあ……キスは?」
「マウストゥーマウスはないけど、首筋にならあるよ。お互いに」
血を吸う時に噛みついただけだろ。
「え、じゃ、じゃあ……そ、その先も……?」
「その先って何?」
「え、その、だから……なんというか……ベッドの上で……遺伝子を取り込む作業というか……」
「ん? ああ、それならしたよ」
「したんですか⁉」
「うん、家に呼んでベッドに押し倒した」
それも血を吸うためにな⁉ 遺伝子は遺伝子でも血液の話な⁉
「というか、毎日してるよ? その辺の空き教室とかで」
「そこでストップ!」
俺は赤牙の肩に手を回し、再び教室の端で耳打ちする。
「誤解を招く言い方は止めろ! お前わざと言ってるだろ!」
「だってこれが最善だし」
「全然最善じゃねぇよ! 変な勘違いされてるだろうが!」
「だから、その方が都合がいいんだって。君はもう私一筋になるしかないんだから」
好き勝手やりやがってこの女。自分が血を吸うためなら俺の世間体などお構いなしというわけか。
そうですかそうですか。よくわかった。こいつとは根本的に価値観が合わないのだということを改めて思い知ったよ。
「おい風見ィ!」
背後から怒気を孕んだ大声が聞こえてくる。
「君、どういうことだ⁉ 僕に内緒でもう大人になったのか⁉」
「いや、なってない。なってない。こいつが変な言い回しをしただけで、俺たちは別にそういう関係じゃ……」
「こいつ⁉ 赤牙さんをこいつ呼ばわり⁉ そんなことが許される仲なのか⁉」
クソ! 面倒臭ェ! 喋れば喋るほど不利になっていく!
「ふざけるなよ。別に君が彼女を作ることはいい。祝福すべきことだ。その相手が赤牙さんという美少女であることもいい。妬ましいが、赤牙さんが君を選んだのなら僕にケチをつける余地なんかない。ただ、僕が許せないのは君のその態度だ! 既に彼女がいるのにも関わらず、彼女なんか作らないなどと気取ったことを口にしていたのか⁉ 恋愛には興味がない? そんなこと言って、裏では赤牙さんとバキュンバキュンしてたってのか⁉ あぁん⁉」
こいつ、感情が昂るとここまで饒舌になるのか。なんて厄介な奴なんだ。
「落ち着け、平。俺は別にそんなつもりは……」
「これが落ち着いていられるかぁ‼ 戦じゃ戦じゃ! 君を討ち取って、校門の前で晒し首にしてやる!」
もはや今にも頭が爆発し出しそうなほど大興奮している平の腕を掴み、赤牙はにこりと微笑む。
「もしそんなことしたら、私が君を殺すよ?」
笑顔を崩すことなく、赤牙は淡々とそう言った。
「へぁ……」
間の抜けた声を出しながら、平は膝から崩れ落ちる。
「よもや……ここまで惚れられているのか……! 悔しい……だが、認めねばなるまい……僕は君に負けたんだ。赤牙さんは君を選んだ。ただそれだけが現実なのだということを……!」
何を言ってるんだこいつは。もうこいつの血を吸えよ。多分こいつなら赤牙が吸血鬼だと知っても喜んで血を差し出すぞ。
「風見、赤牙さんを幸せにするんだぞ」
平は俺の肩に手を置き、爽やかに告げた。俺は胸に手を置き、絶対こいつの言う通りにはするまいと誓った。
「────おい、全員席付け。ホームルーム始めるぞ」
担任教師が教室に入ってきて、朝のホームルームが始まる。こっちに集まっていた視線が一様に前を向き、全員が着席する。ひとまずはこれで騒動も収まってくれることを祈りたい。
「今日は転校生を紹介する」
担任の一言で、静まり返った教室がまたざわめき出した。
俺たちはまだこの学校に入学して一か月ほどしか経っていない。こんな時期に転校生など妙な話だ。
担任が教室の外に声をかけると、ガラリと戸を開けて一人の女子生徒が入って来た。
「初めまして。
鈴の音のように可憐な声で自己紹介をしたのは、派手な金髪を腰まで垂らし、深海のように青い瞳で前を見据える、長身の少女だった。
顔の造りは極めて整っており、まるで歴史に名を残す職人が作った芸術品のようだった。
偶然そう産まれてきたわけではなく、人々に美しさとは何かを教えるために生を受けたかのような、容姿において何一つ欠点の無い完璧な美少女だ。
「皆さん、よろしくお願いします」
彼女はそう言ってペコリと頭を下げた。
…………気のせいだろうか。その頭の上に、天使の輪っかのようなものが見える気がするのだが。
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