人類を救済する大天使系ヒロイン

第19話 クラスのアイドル

 帰宅後、風見家の緊急家族会議が勃発した。


 俺は万穂に魔法少女を辞めろと言った。しかし万穂は魔法少女であることに強い拘りがあるようで、俺がどれだけ説得しても辞めないの一点張りだった。


 そして万穂は俺に赤牙と別れろと言ってきた。そうしたいのは山々なのだが、なにせ彼女は最強の吸血鬼であり、その恐ろしさは改めて思い知ったばかり。下手に別れようとして刺激を与えるよりも、現状維持を続けた方が無難だと俺は考えた。


 そこからは激しい議論が巻き起こることとなる。と言っても、ほとんどずっと俺が一方的に責め立てられるばかりだったのだが、そこは俺も兄として譲れない部分がある。


 どれだけ形勢不利だろうがしぶとく粘り、両者の言い分は平行線を辿り続け、やがて一晩明けて地平線から朝日が昇ってきた。


 そうして俺たちは互いに説得は不可能だと察し、互いの領分に口出ししないことで合意した。


 魔法少女なんて危険な仕事は辞めてほしいが、彼女がただワガママで言っているわけではないことはわかっている。

 俺に話せない事情も色々あるようだが、とにかくあの怪物が他にもうじゃうじゃいて、人類を脅かしているということは事実なのだ。万穂はそれを防ぐという重要な役割を担っている以上、あまり頭ごなしに否定するわけにもいかない。


 ただし、俺は一つ条件をつけた。


 これからは、互いが抱える問題を隠さずに逐次相談すること。万穂は魔法少女の問題を、俺は吸血鬼の問題を、何か困ったことがあれば隠さず打ち明けなくてはならない。


「魔法少女って神秘的で、秘密を一杯抱えてるからこそ可愛いのに」


 とか何とか万穂は言っていたが、この条件だけはどうにかこうにか合意させた。


「────世の中って、俺の知らないことがたくさんあるんだなぁ……」


 家族会議が終了した朝、登校してすぐの教室にて。俺は自分の席に座りながら、ため息交じりにそんなことを呟いた。


「何を言ってるんだ君は。都市伝説特集の雑誌でも読んだか?」


 前の席に座っていた友人が振り返って、呆れ混じりにそう言う。


 彼の名前は平正人たいらまさひと。数少ない俺の友人の一人である。自称平将門の子孫だが、真偽は不明だ。少なくとも俺は嘘だと思っている。


「当たらずも遠からずって感じだな」

「なんだよ、冗談で言ったのに。君はそういうのを真に受けるタイプだったのか?」

「いや、信じないタイプだったよ。でもそこまで頑固でもないんだ。実際目の前に現れたら割と受け入れられる方ではあるよ」

「僕は絶対信じないけどね。で、その特集はなんだ? 宇宙人か? それとも地底人か?」

「……吸血鬼」

「吸血鬼! はっ! くだらない!」


 平はうざったいほど大袈裟に両手を上げ、首を左右に振った。


「そんなものは空想上の生物だよ。実在するわけがない」

「だよなぁ。俺もそう思うよ」

「ああいうのは人間が未知を恐れることから生じる概念なんだ。科学が進歩した現代じゃ恐るるに足りない」


 本当にその通りだ。少し前の俺なら迷うことなく同意していたことだろう。しかし例外を二人ほど知ってしまった今となっては、しかめっ面で聞き流すことしかできない。


「ああ、そうだ。それより君に聞いておきたいことがあるんだった」

「俺に? なんだ? 宿題の答えなら教えないぞ?」

「そうじゃない。赤牙さんのことだ」

「赤牙?」


 ちょうど頭に浮かべていた人物と名前を挙げられ、少しドキリとする。


「君、彼女とは仲がいいのか?」

「な、なんだよ急に」

「最近よく一緒にいるだろう。あちこちで目撃情報があるぞ」

「そんなことないと思うけど……」

「いいや、あるね。あの赤牙さんが他人とつるむなんて前代未聞だ。ましてやその相手がパッとしないことでおなじみの君だなんて!」

「おい、誰がパッとしないだ?」


 事実ではあるが、わざわざ俺の目の前で言わなくてもいいじゃないか。俺だって多少は気にしてるんだぞ。


「ちょっと話すくらいの関係だよ。ただそれだけ。仲がいいわけでもなんでもない」

「白を切るつもりか。いいだろう。ならば単刀直入に聞く。君、赤牙さんと付き合ってるだろ?」

「………………」


 もうそんなところまで噂が広がっているのか。二人きりでいるところはなるべく見られないように気を付けているのに、一体どこから情報が漏れるのやら。


「何のことだ。俺は知らないぞ」

「知らないわけがないだろ。君自身の話だぞ」

「前からお前には言ってるだろ? 俺は恋愛なんか興味ないんだ。彼女を作ったりなんかしない」

「それはどっちにしろ彼女なんかできそうにない君が言い訳のために言っていたことじゃないのか?」

「お前酷くない?」


 こいつは俺のことを何だと思ってるんだ。いくら何でも容赦がなさすぎるだろ。


「あの常に無表情で、誰とも関わろうとしない氷の令嬢ともあだ名される赤牙さんがお前と話すときだけ笑顔なんだ。これがどういう意味かわかるか?」

「さあ」

「お前に惚れてるってことだ。残念なことにな」


 赤牙は噂によるとかなり男子人気が高いらしい。見た目だけならクラスでもかなり突出しているので、当然と言えば当然だな。内面を知っている俺からすれば狂気の沙汰であると言わざるを得ないが。

 そしてそれは平も例外ではないらしい。俺を問い詰める彼の顔には隠し切れない悔しさが滲んでいた。


「どうしても認めないつもりか?」

「認めるも何も、俺は知らん」

「証拠は揃ってるんだぞ!」

「黙秘権を行使する」

「故郷のお袋さんが泣いてるぞ! 素直に罪を認めて楽になれ!」

「母さんは今海外だから、故郷にいるのは俺の方だけどな」


 取り調べ染みたやり取りの後、平は腕を組み、低い声で唸る。


「仕方ない。だったら赤牙さんに直接聞こうか」

「え?」


 平は勢いよく席を立ち、まっすぐ赤牙のもとへと向かう。


「ちょっ……おい待て! 止めとけって!」

「なぜ止める必要があるんだ。ただ確認するだけだ。違うなら違うと、本人の口から聞ければそれでいい」

「いや、でも……」

「赤牙さん!」


 赤牙は教室の最後方、窓際の席で本を読んでいた。その姿だけを見れば、まさしく物静かなクラスのアイドルだ。そんな彼女の色恋沙汰となれば、彼がここまで熱くなるのもわからなくはない。

 しかし、そうではないんだ。俺と赤牙の関係はそんな単純なものではない。あんまり下手に首を突っ込まれると、厄介どころではない問題が生じることになりかねない。


「……何?」


 平の呼びかけに応じ、彼女はゆっくり瞼を持ち上げ、手元の本に落としていた視線を向けてくる。


「風見と付き合ってるって噂、本当ですか⁉」


 教室中の注目が集まっている気がするのは気のせいではないだろう。噂の注目度が高いのもそうだが、平の声が無駄に大きいせいもあってクラスメイトの関心を引きつけてしまっている。


 赤牙は質問に答える前に、チラリと俺の方を見る。


(否定しろ! バレたら面倒だから!)


 表情筋を酷使して、必死にこっちの意図を伝える。彼女はそれを汲み取ってくれたのか、本をパタリと閉じて口を開いた。


「付き合ってるけど?」


 …………こいつ、アッサリ認めやがった。

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