第40話 人選ミス

 デートとはなんだ。


 デートとは交際している二人が一緒にどこかへ出かけたり、遊んだりすることを指す言葉だ。


 ならば俺たちは一応形だけでも交際しているのだし、デートに行こうという誘いはそこまで理不尽でも唐突でもない。至極真っ当な要求であると言える。


「まあそれくらいなら……」

「一応言っておくけど、前みたいに放課後ちょっと公園に寄るだけとかそういうのじゃないからね?」

「え?」


 楽観的に考えていた俺に釘を刺すように、赤牙が注釈を加える。


「当たり前でしょ。私のことを愛していると証明するためのデートなんだよ? 学校帰りに公園に寄って、それで終わりだって言うのなら、私に対する気持ちはその程度なんだって判断するから」

「その程度って……第一、お前との交際は吸血のためのカモフラージュみたいなものであって……」

「だからって天使に浮気していいって話にはならないでしょ? 別に熱々の恋人っぽいことを期待しているわけじゃないの。ただ私が一番だってことを示してくれれば満足するんだから」

「……わかったよ。じゃあどうやって示せばいいんだ?」

「それを君が自分で考えるんだよ」


 ほうほうほう、つまりデートプランを自分で考えて赤牙をエスコートし、見事ご機嫌を取ってみせた暁には許してやろうというわけか。

 

 ……簡単に言ってくれるが、そんなの一体どうすればいいんだよ。


 俺はこれまでの十五年にも及ぶ人生の中で、デートというものをほぼ経験したことがない。

 女子と一対一で遊んだ記憶がほとんどないのだ。万穂と二人で出かけたことなら数えきれないほどあるが、流石に妹相手ではデートとは要領が違い過ぎる。


 そんな男にデートプランを考えて来いなど無茶が過ぎるというものだ。例えるならば、タイムマシンで戦国武将を現代に連れて来て、プロゲーマーをやらせるくらいの無茶だ。


「なあ、せめて他の方法にしないか? 人には向き不向きがあると思うんだ」

「向いてないなら向いてないなりに頑張ってよ」

「………………」

「何? 無理なの? 私のためには頑張れない? ふぅん、そうなんだ。やっぱり天使と浮気してたんだ」

「ぐああああ! わかった! わかったよ!」


 やはり俺に選択肢などないのだ。ここは素直に了承しておくほかあるまい。


「今、あなた面倒臭いなぁって思っているでしょう?」


 渋々首を縦に振った俺を覗き込むようにして、天塚が顔を寄せてくる。


「吸血鬼から天使に乗り換えるなら今よ。私ならあなたにそんなブルドッグみたいにシワシワの顔はさせないわ」

「……俺そんな顔してるか?」

「ええ、ストレスがほうれい線に滲み出てるわよ」

「ちょっと、うちの風見君を誑かさないでもらえる? そもそも天使のくせに略奪とかどうなってるわけ?」


 うちの学校が誇る美少女二人が、俺を巡って苛烈な言い争いをしている。


 この場面を偶然目撃した人がいたら、さぞ羨むことだろう。平なんかは頭から湯気を立てて爆発するに違いない。


 だが違うんだ。こいつらは俺を取り合っているわけじゃなく、俺と一緒にいることでメリットがあるだけなんだ。用済みになれば捨てられるだろうし、決してモテているわけではない。


 それを改めて意識すると、余計に気が重くなってくる。貧弱な人類という種に産まれた時点で、こいつら人外少女たちに振り回されるのは半ば宿命みたいなものだと思って諦めるしかないか。


「赤牙、俺がちゃんとデートプランを立てれば納得するんだな?」

「うん、納得するよ」

「その言葉を忘れるなよ! 俺が完璧で最高のデートを企画してお前を黙らせてやるからな!」


 こういうのは気合が大事なんだ。無理だ無理だと言っていても、実際に無理なものが余計に無理になるだけ。

 ならば大言壮語を吐き散らし、自分を崖っぷちに追い込んだ方が案外何とかなるかもしれない。重要なのは勢いだ。


「……う、うん。期待してる」


 赤牙は急に態度がデカくなった俺に驚いたのか、もじもじしつつ小さく頷いた。


「はぁ……面白くないわね」


 天塚の方は思惑が外れ、不機嫌になったのを隠そうともしやがらない。


「このまま話が拗れて別れればよかったのだけど。まあいいわ。デートが上手くいかなければあなたたちは別れるのでしょう? なら絶対に失敗するよう神に祈っておくわね」

「お前……せめて俺たちの前ではそれ言うなよ」

「私としては一刻も早く吸血鬼を狩りたいのよ。そのためにもサッサとあなたたちには別れてもらわないと。吸血鬼と付き合う人間なんてものがいるから話がややこしくなっているのよ。そこの関係さえ終われば全部解決だわ」

「ちょっと、もし風見君に手を出したら休戦協定は破棄するよ?」

「わかっているわ。私からは手出ししない。デートとやらの邪魔もしないわ。好きなようにしなさい」


 そう言って、天塚は屋上から去って行った。


「あのクソ天使はもう……はぁ、仕方ないか。じゃあ風見君、私も教室に戻るからデートの件はよろしくね」


 こうして俺は一人、屋上に取り残される。


「……あれ? 俺何しに屋上に来たんだっけ?」


 当初の目的を達成できなかったどころか、余計なトラブルまで招いてしまった。


 すまん平……やっぱり俺に頼むのは人選ミスだったと思うぞ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る