第39話 浮気者と吸血鬼

 頬をぎこちなく吊り上げ、瞼を痙攣させながら詰め寄って来る赤牙。これまでの彼女ならもっと余裕を持って、怪物染みた笑みを浮かべていたはずだが、今の彼女は実に人間臭い表情をしている。


「ねえ風見君。ちゃんと説明してもらえる? ねえねえねえ」


 殺気も威圧も感じない。なのになぜだろう。今までで一番迫力がある。吸血鬼らしさよりも、なんだかんだ人間らしさの方が恐ろしいのかもしれない。


「いや、密会ってそんな怪しいことをしてるわけじゃ……」

「でも彼女に黙って他の女とサシで会ってるよね?」

「それはまあ……そうだけど」

「じゃあ密会じゃん! 浮気だ浮気!」

「ちょっと待て。これは別に浮気じゃない! ただ俺は頼まれて……」


 いかん。天塚の前で平との約束のことを説明してしまえば、ただでさえ皆無な平と天塚が交際できる可能性が完全に消滅してしまう。


「あ、後でちゃんと説明するから……」

「何で後なの⁉ 今説明してよ!」

「い、今って……」


 俺はチラリと天塚の様子を伺う。そんな俺の視線に気づいた天塚は、天使とは思えないあくどい笑みをその顔に貼り付ける。


「説明してあげたらいいじゃない。私の連絡先が欲しかったのでしょう?」


 このクソ天使! 状況がわかった上で的確に俺の嫌がるセリフを選んでやがる。こいつ実は悪魔なんじゃないのか?


「はぁ? 連絡先? どうして天使の連絡先がいるの?」


 案の定赤牙はご立腹だ。これが天使の嘘によるものなら否定すれば済む話なのだが、なまじ真実であるせいで質が悪い。


「お、俺は天塚の連絡先なんて欲しがってないぞ」

「あら、私に連絡したいと言っていたじゃない」

「それはお前の気に入る話題を聞きだそうと……」

「気に入る話題? 何それ? なんで君が天使の機嫌なんか取ろうとしてるの?」


 ああ~言い訳すればするほど拗れていく~どうすりゃいいんだぁ~。


「機嫌を取ろうとしているんじゃない。えっと、ほら、タブレットのチャット機能を試してみようと思って……」

「それなら私でもいいじゃん。私もここの生徒なんだから、タブレットくらい持ってるけど?」

「だよねぇ」

「だよねぇって何? 浮気だって認めたの?」

「いや、認めてない認めてない! 浮気じゃないって!」

「じゃあ何なの? 浮気を通り越して本気になったってこと?」

「そういうわけでもなく!」


 仮にも吸血鬼と付き合っていながら、天使と浮気する度胸なんて俺にあるわけがないだろ。どんな大物だよ。


「ちょっと天塚に用事があったんだよ。ただそれだけだ」

「ふぅん……用事ねぇ」


 赤牙のジトっとした目つきが俺の一挙手一投足を舐め回すように観察してくる。


 目は口ほどに物を言うということわざがあるが、それは吸血鬼とて例外ではないらしい。この目は確実に信じていない目だとすぐにわかる。


 天塚がいなくなってから事情を説明すればいいと思っていたが……この様子では例え本当のことを話したとしても信用してもらえそうにないな。


「どうやったら信じてくれるんだ? 魅了でもして吐かせてみるか?」

「……見くびらないで。私が君にそんなことするわけないでしょ。君に魅了を使うのは、その方が君のためになると思った時だけだよ」


 赤牙はそう言って不服そうに頬を膨らませる。


 マズい。今のは失言だったな。彼女を余計に怒らせてしまった。


「騙されないで、風見恵太。吸血鬼は人間を利用することしか考えていないわよ」

「ちょっと、横から割り込んでこないでもらえる? 今は私と風見君が話してるんだけど? 本当に天使は自分勝手だよね。こっちの話が終わるのを待つこともできないの?」

「あら、私たちが話している時に割り込んできたのはあなたの方じゃないかしら」

「私たちは付き合ってるからいいの」

「笑わせるわね。自分勝手な理屈を振り回しているのはどちらかしら?」


 二人の人外少女が俺を挟み、火花散る舌戦を繰り広げている。休戦協定が結ばれていなければ今すぐにでも大戦争が勃発しそうな勢いだ。


「ふ、二人とも一旦落ち着け。色々厄介なしがらみはあるだろうが、今は同じクラスメイトだろ?」

「浮気男は黙ってて」

「だから浮気じゃないって!」

「……だったら私にそう信じさせて」

「信じさせるって……どうやって?」

「決まってるでしょ。私への愛を証明するのよ」


 背筋を伸ばし、姿勢を整え、まるで決闘でも申し込むかのような力強い口調で彼女は言う。


「風見君────私とデートしなさい!」

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