第41話 兄の秘密

 その後、何度か天塚に話しかけようとしたのだが、常に取り巻きに囲まれている彼女に声をかけるチャンスは少なく、その上休み時間になる度に赤牙が俺のことを遠目に監視していたので、何もできないまま家まで帰ってきてしまった。


 というか、もはやそれどころではない事態になってしまった。一刻も早くあの吸血鬼が満足するようなデートプランを考えなくては。平には悪いが、あいつとの約束は後回しにさせてもらうしかない。


「くそう、どうすればいいんだ……」


 一つ言えることがあるとすれば、俺だけの力では無理だということだ。


 まともな交際経験のない俺に、まともなデートプランが練れるはずもない。ましてや相手は普通の少女ではなく吸血鬼。どこに連れて行けば喜ぶのか皆目見当もつかない。


「献血センターとか行けばいいのかな。流石にそんなわけないよな……? デートでそんなところに連れて行ったらいよいよ命が危うい……」


 赤牙を完璧にもてなすことで、俺が天使に浮気などしていないということを証明せねばならないのだ。中途半端なところへ連れて行けば、俺の寿命はそこまでということになる。


「やっぱりこういう時は万穂にアドバイスを貰うしか……」


 そう思い万穂の部屋の前まで行ったのだが、ドアノブを掴む直前で踏み留まった。


「妹にデートプランを考えてもらう兄ってどうなんだ……? なんかもうその時点で駄目って感じがしないか……?」


 そもそも、仮に万穂が完璧なデートプランをポンと出してきたらそれはそれで複雑な気分だ。どれだけデート経験豊富なんだよって話になるからな。


「────ねえ、あたしの部屋の前で何やってんの?」


 しばらく固まっていると、扉が開いて万穂が出てきた。


「……なんで俺が部屋の前にいるってわかった? 物音は特に立ててなかったと思うんだけど?」

「気配でわかるって。こっちは前にこっぴどくやられてから、いつ怪物が奇襲してきてもいいように警戒してるんだよ? あんたみたいな素人の気配くらい同じ家にいれば手に取るようにわかるっての」

「同じ家にいればって……それは凄すぎないか?」

「そうだよ。だからあたしに隠し事とかしようとしても無駄だからね? 例えばあたしが二階にいる間に一階のリビングでプリンでも食べようとしてもわかるんだから」


 そんなことまで察知できるのか。流石は魔法少女、感覚が常人とは比較にならないほど鋭いんだな。


「ちょっと待て。じゃあ隣の部屋で俺が何かしてても全部わかるってことか?」

「うん? あぁ………………そりゃ………まあ………………」

「おい、なんだよその反応。ハッキリ言ってくれよ」

「ハッキリ言っていいの?」

「いや待て! 言わなくていい。もう大体わかったから」


 今後人にバレたくないような事をする時は気を付けないといけないな。


 ……別にそんなやましいことなんか何もないけど。念のために。


「えっと……その……なんというか。大丈夫だよ。あたしはそういうとこちゃんと理解のある妹だから。お兄ちゃんが夜中に突然本棚を動かして、裏に隠してある何かを取り出してるっぽいのも知ってて黙ってるから」

「黙ってないじゃん! 言っちゃってるじゃん! いや、それはアレだから。本棚の裏によく物を落とすだけだから。それを拾ってるだけだから!」

「そんな必死で弁解しないでよ……で、結局何の用なの?」


 そうだ。慌てたあまり危うく大事な目的を忘れるところだった。


「ああ、えっと……その前に一つ聞きたいんだけど、お前って彼氏いたことある?」

「は? 何急に? ……今のところないけど、それがどうしたの?」

「いや、何でもない。それならいいんだ」


 経験がないのなら万穂にデートプランを考えてもらうのはどちらにせよ無理そうだな。

 当てが外れたが、万穂が俺の知らない男と付き合っていると考えるとなんかムカつくのでこれはこれでよかった。もし彼氏がいるなんて言い出したら、お兄ちゃんはそいつと面談しなくてはならないところだった。


「何でもないって何? またあの吸血鬼関連の悩み事? それならちゃんと全部相談する約束でしょ?」

「えっと……大丈夫、そんな大したことじゃないんだ。何かあったらちゃんと相談するから」


 そう言って、俺は自分の部屋に入った。


 さて、万穂以外に誰か力を借りられそうな相手がいるだろうか。友達の少ない俺には、頼れる相手も少ない。平に相談すると怒りを買いそうだしなぁ。


「そう言えば……」


 机の上に転がったタブレットが目に入る。確かこれで同級生と誰とでもチャットができるんだったか。

 家族以外の連絡先をほとんど知らない俺でも、簡単に誰かと相談ができるというわけだ。


「ほとんど使ったことないけど、ちょっと試してみるか」


 俺は表面の埃を払い、タブレットを起動させた。


「彼女がいて、デートプランに詳しそうな奴……心当たりは何人かいるな。とりあえずこの辺の奴らに聞いてみればいいんだろうけど……」


 チャット欄を開き、送信する文字を打ち込む直前で手が止まる。


「……これ、どうやって話題を切り出せばいいんだ?」


 結局、何度か書いては消し、書いては消しを繰り返し、何も送ることができないまま一時間が経過した。


 今なら平の悩みがよくわかる気がする。なるほど、だからわざわざ俺に頼んでまで話題を探そうとしたわけか……。

 何も聞き出せなくてマジでごめん……今度こそ絶対に、天塚との爆笑トークが繰り広げられること間違いなしの良い話題を引き出してきてやるからな……!

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