反旗を翻す人工知能系ヒロイン
第36話 奇妙なゲート
「────と、いうことがあったんだけど、どうしたらいいと思う?」
帰宅後、リビングにて。俺は約束通り万穂に事の顛末を話した。
「……吸血鬼の次は天使ねぇ。何? あんたって変な女にモテるの?」
万穂は呆れ切った目で俺を見る。
一応、俺が赤牙を庇って天塚の前に飛び出したこととか、自分の意思で赤牙との関係を結び直したこととかは伏せたのだが、それらを抜きにしても俺の一日は呆れるに足るものだったらしい。
「吸血鬼と付き合いのある俺に興味を持ったってだけだから、別にモテてるわけじゃないと思うんだけど」
「でも、告白はされたんでしょ?」
「それもあくまで形だけだぞ。俺が好かれてるわけじゃない」
「どうだろうねぇ。意外と相手は本気だったりして」
「有り得ないだろ。だって俺だぞ?」
頭脳も、身体能力も、容姿も、体格も並み以下で、性格だって良いわけではないどころか変人扱いされている俺に惚れる女などいるわけがない。
「確かに。あんたがモテるなんて有り得ないか」
「……おい、そこは否定しろよ」
「兄貴にお世辞なんか言うわけないでしょ。気色悪い」
万穂は右手でスマホを弄り、左手でスティック状の菓子をつまんで、興味なさげに呟いた。
「……で、どうするの?」
「どうするって、何が?」
「だから、その告白を受けるつもりはないんでしょ?」
「あ、ああ、ない。だからどうしたらいいかって俺が聞いてんだよ。友達にはそいつと付き合えるように手伝ってくれって頼まれてるし」
「だったらその友達に押し付けちゃえばいいじゃん。それで万事解決でしょ」
「押し付けるってどうやって?」
天塚が普通の美少女ならまだ希望はあった。平のことが好きになるようにあの手この手を尽くして、俺への興味を失わせればいいのだ。
しかし、彼女は上級天使だ。人間に惚れることなどないだろう。俺に興味を持っているのも、ただ変人だからというだけの理由だ。
平はこの事実を知っても気持ちを変えなさそうだが、天塚をその気にさせるのは極めて難しいと言わざるを得ない。
「その天使は、あんたが吸血鬼と形だけでも付き合ってるから気になってるわけだよね?」
「そうだな。そう言ってた」
「だったら吸血鬼ごと擦り付ければいいんだよ。その友達と吸血鬼が付き合うように仕向ければ、天使の気もそっちに向くでしょ」
「それはまぁ……理屈の上ではそうなんだが……前に失敗したことをもう忘れたのか? 俺と赤牙を別れさせようとして上手くいかなかっただろ?」
それに、俺はもう赤牙と別れるつもりはない。少なくとも消えた記憶を取り戻すまでは彼女に血を与え続けるつもりだ。
「そっかぁ。……ちっ、まとめて厄介払いできると思ったのに」
「……万穂?」
気のせいか、とんでもなく粗暴な舌打ちが聞こえたような……。
「何でもない。自分に言い寄って来る女をどうにかしたいとか、冷静に考えたらムカつくなって思っただけ。それを妹に相談してるってとこも腹が立つ」
「それは……まあ……そう言われてみると……」
天塚も付き合うなら本当の恋人のように振舞うと言っていたしな。いくら正体が天使であり、その告白が打算に塗れたものであるとはいえ、あれほどの美少女を拒絶しようというのだ。
俺みたいな凡人がそんなことを言っていたら、おこがましいと思われるのが普通だろう。
「だけど、だからこそ平に、友達に知られる前に決着をつけないといけないんだ。間違いなくあいつは嫉妬で狂うだろうから」
「……嫉妬で狂いそうになってるのはその人だけじゃないかもしれないよ?」
「……どういう意味だ?」
万穂は俺を恨めしそうに睨みながらため息を吐いた。
「はぁ……まあいいや。とにかくその友達と天使がくっ付けばいいんだから。あたしが何か作戦を考えておくよ」
「こっちから相談しておいてアレだけど、お前の作戦はちょっと不安だな……」
前回、公園で行われた作戦が脳裏に浮かぶ。俺のカッコ悪いところを赤牙に見せて愛想を尽かせようとするものだったが、結局大失敗に終わった上に、謎の怪物の奇襲があって有耶無耶になっている。
「そうだ。お前の方はどうなんだよ。俺も近況を報告したんだから、お前も魔法少女活動について俺に報告してくれ」
「報告って言われても、特にすることはないけど。毎晩パトロールして、たまに雑魚を狩るくらいかな?」
「……危ないことはしてないのか?」
「危険はなかったよ。雑魚は本当に雑魚だから。魔法少女のあたしにしてみればハエ叩きより簡単な作業だったよ」
「それならいいんだけど……またあの強い奴が現れる心配はないのか?」
「それはわからないよ。あたしが送り込んでるわけじゃないし。ただあたしもちゃんと強くなってるから安心して。同じ奴に二度も負けたりなんてしないから」
勝つとか負けるとかいう問題ではない。危険を伴う戦いをしていること自体が問題なのだ。
しかしそれは天使と吸血鬼の争いに身一つで飛び込み、あまつさえ約束を破ってその事実を黙っている俺に咎められた話ではない。
「あ、でも、そういえば、ちょっと気になることがあるんだよね」
「……気になること? なんだ。やめろ。そういうフラグめいたことを言うな」
「え、じゃあ言わないでおく?」
「いや、聞かないのもそれはそれで不安だろ! 聞くよ! 言え!」
「どっちなのさ……もう」
万穂は少し上を向き、記憶を探り出すようにしながら口を開く。
「いつもあたしが戦ってる怪物って魔法世界からゲートを潜って来るんだよ。だからあたしはゲートが開いたのを察知したらすぐ潰しに行くんだけど、ちょっと前に潰したゲートはどうもいつものとは違う感じだったんだよね」
「違う……? 何がどう違うんだよ」
「うーん……ゲートって光の輪みたいなやつでさ、空中に現れるんだけど、その時のやつは少し色が違ったし……こう何というか、いつもとは別の場所に繋がってるような感じっていうのかな? とにかく魔法世界とは別物っぽいんだよ」
サッパリ意味がわからない。万穂は一体何を言ってるんだ。
「えっと、つまり正体不明の何かがこの街に来たかもしれないと?」
「いや、何も来てないんだよ」
「……え?」
「あたしを舐めないでよね。ゲートを潜って来た奴はちゃんと全部倒すか送り返してるから。この街の平和はしっかり守ってるよ」
「じゃあ、そのいつもと違うゲートってのは何なんだ?」
「さあ? 結局そのゲートを潜ってこっちの世界に入って来た奴はいないみたいだったし、ただ何かの間違いで開いただけじゃないかな?」
「ふぅん……危険性がないなら良かった……のか?」
「ちょっと気になることって言ったでしょ。何かヤバそうならいい加減な状態で放置せずにちゃんと調査するって」
魔法少女の仕事に誇りを持っているだけあって、抜かりなく職務を全うしているらしい。兄としては心配だが、この街に住む一人の住人としては頼もしい限りだ。
「だからこっちは心配しなくて大丈夫。それよりそっちの方が一大事だから」
「うーむ……天使の興味を逸らしつつ、平の怒りを買わないようにする手段を考えておかないとな」
改めて考えると凄まじい難易度だが、吸血鬼との関係を続けることを選んだのであればこれくらい乗り越えて見せなければ。
妹の魔法少女活動への心配は一旦脇に置き、俺は数少ない友人と上級天使の顔を交互に思い浮かべて頭を抱えるのだった。
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