第28話 人外による体力テスト
体操服を着て、グラウンドに整列し、まさにこれから体力テストが始まるというところで、赤牙茜は困っていた。
(病欠しそこなったなぁ……よりによってこういう時に限って厄介な奴もいるし)
これまで体力テストや運動会など、自分の身体能力を披露しなければならないような場はなるべく避けるようにしてきた。力加減があまり得意でないことは自覚しているからだ。
しかし、全てを避けて通れるわけでもない。そんな時は、周りのレベルに合わせて適当にやり過ごすのだが……今回ばかりはそうもいかないようだ。
「赤牙茜、あなたのことを見させてもらうわよ」
すぐ後ろで自分を睨んでいる天塚リエ。天使である彼女に中途半端な演技は通用しないだろう。忌々しい天使だが、人間より優れた存在であることは認めざるを得ない。厄介な相手だ。
体力テストは名簿順に行うようだが、よりにもよって天塚は赤牙の一つ後ろ。つまりは最も近い場所で観察できることになる。
「え? 嫌だなぁ。そんなに見ないでよ。恥ずかしいじゃん」
口では余裕ぶったことを言いつつも、赤牙は内心焦っていた。
ついつい頭に血が上って、挑発的なことを言ってしまった。もし天使が攻撃を仕掛けてきたとしても、撃退することは容易い。ただその場合、もう風見恵太と一緒にはいられなくなるかもしれない。
それでも、天使相手にビクビクすることはプライドが許さなかった。最強の吸血鬼ならば天使相手だろうと堂々と正面から喧嘩を売り、欺き通してこそじゃないか。そう思ってしまった少し前の自分をブン殴ってやりたい。
「では女子はまず握力の測定から」
体育教師から握力計を手渡される。
「そっか、私が一番か」
人間に擬態する上で、赤牙という苗字にしたのは失敗だったと常々思う。なにせ名簿番号で大抵一番になってしまうのだから。
女子高生の平均くらいの記録を出してお茶を濁したいが、それがどのくらいなのかわからない。
「他のクラスの女子は……」
隣の列でも同じように測定をしているためそっちに目を向けようとしたのだが、予期していたかのように天塚が間に立って視線を遮ってきた。
「何をしているの? 後がつかえているのだから早くしなさい」
どうも天塚は不機嫌な様子だ。明らかに表情が険しい。
(風見君に交渉を持ち掛けて、フラれたってとこかな。千倍強いって言っといたのが効いたっぽいね)
それでもここで変な記録を出してしまえば意味がない。
(強いよりは弱い方がいいか)
赤牙はできる限りそっと力を入れ、握力系を握る。
「……そりゃっ! うーん、こんなものかな」
握力計はデジタル式ではなく、針が動くタイプのものだ。その針が指し示す数字を確認すると、8と9の間くらいだった。
「8.5キロ……? 少し弱すぎる気がするけれど」
「ま、まあ、私はこれくらいだよ。筋力にはあんまり自信がなくてさ。ほら、私こんなに腕の細い女の子なんだよ?」
天塚の反応からして、どうやら平均からは程遠い数字が出てしまったらしい。
(やっべ……けど、演技だって確信するほどじゃないでしょ)
体育教師も少し驚いたような顔はしていたが、特に何も言うことなく記録をつけていた。とりあえずは何とかなったのだと思いたい。
その次の種目はハンドボール投げだった。これは握力計の数字と違い、他のクラスの記録が簡単に見られる。おおよその平均を把握することは容易かった。
(皆10メートルそこそこってとこか。なら私も……)
小さく振りかぶり、なるべく力が入らないように、それでいて本気でやっているようには見える程度で、ハンドボールを放り投げる……つもりだったのだが。
「あっ」
思いのほか力が乗ってしまい、指を離れた瞬間とんでもない速度でボールが発射された。
(ヤッバ……!)
すぐ隣で天塚が見ている。このままいけば恐らく200メートル近い飛距離が出るだろうが、その瞬間背後から攻撃を受けてもおかしくない。
(こうなったら……!)
ボールを投げた直後。時間にすればまだ一秒ほどしか経っていないその瞬間に、赤牙は強靭な脚力をフル活用して、自分が投げたボールより速く跳んだ。
一瞬の内に先回りすると、飛んできたボールを上から叩いて軌道を変え、もっと手前に落ちるよう修正する。
すると今度は翼を使って高速で空を飛び、グラウンドをグルリと一周して元の位置に戻って来た。
そして仕上げに、何食わぬ顔でボールを投げた直後の姿勢を再現する。この間、瞬きほどの刹那にも満たない早業であった。
(……どうだ?)
人間相手ならこれくらいやってもバレない自信がある。しかし天使の目を誤魔化し切れた自信はない。
「赤牙茜……」
天塚が威圧的な声で名前を呼ぶ。
「記録は32メートル。さっき握力が低かった割には、ハンドボール投げの記録はいいのね」
「え? あ、うん。そうだね」
跳んでボールを叩き落したのだ。天使の目なら流石に残像くらいは見えていてもおかしくなかったはずだが、彼女はどうやら着地点ばかり見ていて赤牙にあまり注目していなかったらしい。
「投げるのは得意なんだよね」
「それにしても記録が良すぎると思うけど」
「握力はないけど肩は強いから」
「……そう」
「そう」
かなり不自然ではあるが、これもまた決定的な証拠とまでは言えず、天塚は苦い顔を浮かべる。
「……ふう、バカで助かった」
致命的なボロを出したかと思ったが、何とか乗り切った。赤牙は額に滲んだ冷や汗を拭い、誰にも見えないようにホッと一息吐いた。
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