第48話 消えたAI

 翌日、俺は久しぶりにタブレットを持って登校した。


 相変わらず授業では全く使わないし、何の役にも立たない上に無駄に大きくて重たい荷物なので、持ってきたのはただの気紛れだ。


「よう……風見……聞いてくれないか……?」


 俺の席に、またしても平が座っていた。彼は力なく机に突っ伏し、情けない声を上げている。


「君から教えてもらった話題を使って、天塚さんにチャットを送ってみたんだ。三時間くらいかけて推敲した渾身の一文だ。これなら間違いなく天塚さんも振り向いてくれると思ったのに……」

「返事がないのか」

「ああ、送ったのは昨晩だから、もう半日以上経ってるのに反応がないんだよ!」


 そりゃそうだろうな。アカウントを登録してたった数時間で千件以上のチャットが集まっていたんだ。

 天塚は妙に真面目なところがあるから、全員にコツコツ返事を送っているかもしれないが、あんなに数があっては一人一人とまともにコミュニケーションなど取れないだろう。


「なあ、追加でもう一度送った方がいいかな? それとも返事が来るまで待った方がいいか?」

「……何もしない方がいいんじゃないか?」

「でも、俺のメッセージに気づいてない可能性もあるよな?」

「なくはないけど……」


 よくそんな前向きに捉えられるな。俺だったら真っ先に無視されてると思うけど。


「ほら、あの人も色々忙しいんだろ。チャットなんかしてる暇ないんじゃないか?」


 なにせ彼女の本業は吸血鬼狩りだ。今は赤牙と休戦協定を結んでいるようだが、他の吸血鬼にまで手を出さないわけではあるまい。

 夜な夜なあの翼で世界中を飛び回り、あちこちで吸血鬼と激闘を繰り広げているとしても驚かないぞ。


「そうか……スマホと違って学校から支給されたタブレットはいつでも持ち歩いているわけじゃないしな。返事が遅くなるのは仕方ない……まあ気長に待つとしよう」


 それがいい。ひょっとしたら返事が来るのは数か月後かもしれないからな。その場合天塚は「ごめん寝てた」とか言って誤魔化すのか「モテすぎてあなたまで手が回らなかった」と正直に言うのか、どっちなんだろう。


「しかしだな、風見よ。恋愛とは座して待って勝利を掴めるものではないんだ」


 ……また平がなんか妙な講釈を垂れ始めたぞ。


「ハッキリ言って、僕はモテない。彼女なんかできたことないし、告白されたことだってもちろんない。そんな僕にもいつか春が来るはずだと信じて、餌を待つ鯉のように水面で口をパクパクしていても、恋は成就しないんだ! だけにな!」

「ん? どういうこと? こいだけに?」

「……ともかくだ。僕らみたいなモテない男というのは、どうにも恋愛に関して自分から動くのはダサいと考える傾向にある。積極的に女の子に声をかけたりはせず、服装や髪形を整えることもせず、ありのままの自分を愛してもらおうとする。だがしかしだ。果たしてそんな都合の良いことがあるか? 突然現れた美少女が、何の脈絡もなく告白してきてくれるような、そんな展開が現実で起こりえると思うか?」

「ど、どうだろうな……それは……」


 俺は平から目を逸らしつつ、苦笑いを浮かべて答えた。


 だが、そんな都合の良いことはないという点については全面的に同意だ。もし美少女が突然告白してきたら、何か裏があると疑った方がいい。ひょっとしたらそいつは吸血鬼だったり、天使だったりするかもしれないからな。


「そんなことは有り得ないんだよ。だから僕らは自分から積極的に動かないといけない。チャットの返事を急かすのも悪いから、その点についてはもう待ちの姿勢に入るとしても、同時に別の作戦も並行して進めておきたいんだ」

「なんだよ、別の作戦って」

「それを今から一緒に考えようじゃないか。何か案はないか?」

「何か案と言われても……」

「そうだ。君はどうやって赤牙さんと付き合ったんだ? 君だってあまりモテる方じゃないだろうに」

「ま、まあ、それはそうなんだけど……」


 どうやってと言われてもな。たまたま保健室で血を吸われて、その味が良かったから定期的に吸血するために交際することにして、吸血鬼を狩る天使が現れて一度はその関係も途絶えかかったけど、俺が引き留めて現状を維持することになった……なんてことを正直に言えるわけがない。


 改めて考えると、俺たちの関係って本当に何なんだ? 少なくとも真っ当に彼氏彼女の関係ができているとは言い難い。かといって、素直に吸血鬼とその餌の関係であるとも言えないと思う。


 最初は血目当てで俺を束縛していた赤牙が自分から別れようなんて言い出すし、最初はただの被害者だった俺が自分からこの関係を繋ぎとめようとするし、自分でも訳が分からないことになってきてるな。


 やっぱり人と人との関係はそう簡単じゃないよな。友達とか恋人とか、そういう定番の型にピッタリハマってくれるとは限らない。

 もし俺たちが恋人の型にハマるような時が来たら、その時は人類滅亡級の怪物が誕生する瞬間だしな。俺たちの関係もそこで終わってしまう。


 逆に言えば、好きにならない限りは続く関係というわけだ。なんだか妙な話だな。


「少なくとも絶対に参考になることはないからやめておけ」

「なんだよ。教えてくれないのか? まあ二人だけの思い出にしたいこともあるだろう。君に言う気がないなら無理には聞かないけど」


 もっとしつこく問い詰めてくるかと思ったが、平は思いのほかあっさり引き下がった。変なところで気が利くなこいつ。


「でも当てが外れたな。君の経験を生かせないとなると、次の手はどうしたものか」

「そうだ。AIに聞いてみたらどうだ?」

「AI?」

「ほら、タブレットに入ってるだろ? AIのアプリ。質問すれば結構何でも答えてくれて便利だぞ。チャットの話題の件も、実はそのAIが出した答えなんだ。何でもかんでもAI頼りになるとよくないけど……ちょっと参考にするくらいならいいだろ」

「……待ってくれ。AI? 何の話をしてるんだ?」


 平は不思議そうな顔をして首を捻る。


「何って、学校から支給されたタブレットに最初から入ってたじゃないか」

「いや、そんなのないぞ? 何かと間違えてないか?」

「え? いやいや、確かに入ってたって。俺のタブレットには入ってたぞ。昨日の晩に何故か消えちゃったけど」

「そんなバカな。あのタブレットは勝手にアプリを入れたり消したりはできないはずだ。有り得ないよ」

「………………マジで? ちょっとお前のタブレット見せてくれよ」


 平からタブレットを受け取り、そのホーム画面を確認してみる。しかしそこにAIのアプリなど入っていなかった。


「昨日の晩、全生徒の端末から一斉に消えたとか?」

「前からあったなら僕が絶対に気づいてる。なにせチャットの内容を考えるためにずっと画面とにらめっこしてたんだぞ?」


 平がここまで真剣に言うということは、間違いなく真実なんだろう。こいつはそんな質の悪い嘘を吐くタイプじゃない。


 だとすれば、俺が会話をしていたあのAIは一体なんだったんだ……?

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世界を滅ぼす吸血鬼系ヒロイン~惚れたら人類滅亡なラブコメ~ 司尾文也 @mirakuru888

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