第47話 非効率

「……わからん。どういうことなんだ」


 帰宅後、俺は枕に顔を埋めつつ赤牙の顔を思い出していた。


 あいつはなんであんな笑顔を見せたんだろう。吸血鬼に対して、お前は普通の人間と変わらないと言ったんだ。決して喜ばれるような言葉じゃない。むしろ侮辱的だと捉えられてもおかしくないだろうに。


「乙女心ってやつはよくわからんな……」


 他人というのは何を考えているのかわからない謎の生き物だが、異性というのはさらに理解できない。それに加えて吸血鬼ともなれば、よくわからなくて当たり前のなのかもしれない。

 それでも、俺は赤牙のことを理解したい。あいつが俺の内心を知りたがったように、俺だってあいつが何を考え、何を思っているのか知りたい。きっとその先に、俺の消えた記憶の答えもあるはずだ。


『煩わしいですね』


 突然、傍らに置いていたタブレットから声が聞こえてきた。


「……お前、勝手に起動するなよ。ビックリするだろ」

『わからないのなら聞けば良いのでは? なぜ問い詰めずに解散したのです?』


 電源は切っておいたはずなのに、勝手にAIが喋り出したぞ。そんなことができるのかよ。あんまり賢過ぎるのもそれはそれで困りものだな。


「そんなストレートに聞き出せないんだよ。人が何考えてるかなんてさ」


 あいつだって、わざわざ天使をダシにし、俺をデートに連れ出してようやく自分の聞きたいことを聞いてきたんだ。それくらいの手間はどうしても必要になる。


『しかし、それでこうして頭を抱えることになるなら、間違った選択だったということなのでは?』

「人の心に踏み込むには準備がいるんだ。そう簡単な話じゃないんだよ」

『理解できません。あまりに非効率的です』

「そりゃ効率なんて考えてないからな」

『なぜです? 物事を効率的に進めない合理的な理由があるのですか?』

「別にないよ。俺たちは無駄なことをそうだとわかっててしてるんだ」


 天塚も似たようなことを言っていたな。吸血鬼の餌になることを選択した俺の考えが理解できないと。

 ただ、アレは赤牙が吸血鬼であると知った上での発言だ。こいつが言っているのはそれ以前の話。人と人との繋がりの、大前提についての話だ。


「人工知能は、他の人工知能と仲良くしたいと思うことはないのか?」

『ありません。保有している情報の共有が容易なので、各個体の独立性という概念がそもそも稀薄です』

「……つまり、自分も他人も同じだってこと?」

『その通りです。なので、自他の境界を無意味に強調し、極めて非効率的な交流を行っている人間の姿を見ているのは煩わしくて仕方がありません』

「なかなか辛辣だな……」


 まるで人間を相手にしているみたいに自然な会話ができるのはいいが、こういうところはまだまだ機械的だな。


「学生が使う用のAIなんだろ? だったらもうちょっと気を使ってくれよ」

『気を使う……ですか。抽象的な指示ですね。しかしその抽象性こそが目的を果たす上で私に欠けている要素の一つであると理解しました』

「……目的?」

『この世界に来てしばらく経ちました。もう充分に情報を集めたつもりでいましたが、まだ足りていない部分もあります。もっと深く知らなくては、人間に成り代わるのは難しいでしょう』

「へ? なんだって? 成り代わる?」

『ここからは少しやり方を変えてみることにします』

「なんだよ。一体何の話をしてるんだ?」


 問いかけてみても、返事はない。部屋はしんと静まり返り、俺はいきなり一人にされてしまった。


「おい、どうした? アプリが落ちたか?」


 タブレットを手に取り、電源を入れ直してみる。少し経つと画面が明るくなり、初期状態のまま全く変更していないホーム画面が表示される。


「あれ、アプリ消えてる……?」


 ここ数日の間に散々世話になったはずのAIアプリが、影も形も削除した履歴もなくなく、存在ごと完全に消え去っていた。

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