第46話 普通の女の子

 ずっと薄っすらとした罪悪感はあった。赤牙が求めているのはこういうことじゃないんじゃないかと、気づいていながら気づかないフリをしていた。


 最高のデートプランを組み、自分の無実を証明することばかり考えていた。デートはあくまでそのための手段だった。

 でも、そんな保身ばかりを先行させたデートで、本当に赤牙を楽しませることができるのだろうか。自分のことばかり考えて、彼女に愛想を尽かされたら本末転倒じゃないのか。


 そんな想いに駆られ、俺は自分が小細工をしていたことを打ち明けた。しかしいつだって赤牙は俺より一枚上手だ。


「……なんだよ。知ってたのか」

「だってチョイスが君らしくないもん」

「はは、だよな。完璧なデートプランにしようと思ったら……どうしてもな」

「わかってないなぁ、君は。私は別に完璧なデートなんか求めてないんだよ。君が思うがままに私を楽しませてくれたらそれでよかったんだから」


 ……そうか、そうだよな。俺は深く考えすぎていたのかもしれない。


 デートの経験なんてないのにどうしようとか、予算をどうすべきかとかあれこれ悩んだのがバカみたいだ。赤牙の要求はそんな複雑なことじゃなかった。

 学校帰りに公園へ寄る程度のデートじゃ駄目だと言われたが、それは別にもっと背伸びをしたプランを考えろという意味じゃない。


 ただ赤牙を楽しませる。そして俺も楽しむ。それさえ達成できればよかったんだ。


「それにしても、デートに来たかっただけなら普通にそう言ってくれよ」

「君が天使と怪しげな密会するのが悪いんでしょ?」

「あれは……平に頼まれたんだ。天塚と仲良くなりたいから協力してくれって」

「ああ、そういえばそんな約束をしてたね」


 こいつには俺が平に口止めを頼んだところも見られていたのか。校舎の壁に張り付いてたもんな。


「彼も女を見る目がないね。私の次は天使か」

「その点についてはお前らが悪い気がするがな」

「私の美貌が罪ってこと?」

「……認めたくはないがそういうことだ。お前、さっきからずっと周りの視線を集めてることに気づいてるか? 俺みたいなパッとしない男がお前みたいな美少女を連れてるから悪目立ちしてんだよ」


 美少女を通りすがりに二度見して、隣にいる男に驚いて三度見してる奴だっていたしな。吸血鬼と人間という組み合わせでなくとも、赤牙と俺のペアはだいぶ歪に見えているらしい。


「君と私が不釣り合いだって? …………やっぱりそうなのかなぁ」

「おい、そこは嘘でも俺をフォローしてくれよ。今のは自虐だぞ?」

「私のも自虐だよ」


 赤牙は淡々とした口調でそう言う。


「君は……ただ人間じゃない存在が好きなだけなの? あの時、君は私だから血をくれたわけじゃなかったの?」

「あの時ってどの時だ。最初からお前は無理やり血を吸ってただろ」

「それは……」

「というか、俺はマジでそんな変人だと思われてるのか?」

「うん、今日のデートでその疑惑はより深まったかな」

「……なんで?」


 人間じゃない存在とかいう底知れない相手に好意を抱くなんて、そんな奴が本当にいたらどうかしてるとしか思えないぞ。生存本能がブッ壊れてるんじゃないのか。


「本当のことを教えて欲しい。今日は君の気持ちを知りたくて、このデートを計画してもらったんだから」


 気のせいだろうか。赤牙の声は少し震えている気がした。俺の気持ちがどこに向いているのか、本気で心配しているのだろうか。

 だったら俺も素直に答えよう。今度は保身のためなんかじゃない。正真正銘、心の底からの本音だ。


「俺はな、お前に血を吸われるのは嫌なんだ。ついでに言えば、天使にキスをされるのも嫌だ。そういう理不尽に興奮を覚えるタイプだと思ってもらっちゃ困る」

「それなら……それなら、なんで私と別れなかったの? 君の血はもう吸わないって言ったのに」

「そういう嫌なことを踏まえても、お前と一緒にいたいって気持ちが勝ったからだ」


 こんなこと学校や家じゃ言えなかっただろうな。知り合いも誰もいない初めて来る場所だからこそ、こんな小っ恥ずかしいセリフが口からスルリと出た。


「人付き合いって結局そうじゃないか? 相手の全てを愛せるわけじゃない。嫌なことはあるし、止めてほしいこともある。でもそれを止められたら止められたでなんか気持ち悪いんだ。その人がその人でなくなってしまうような感じがするし、相手が何でも自分の思い通りになるなら、他人と付き合う必要なんかないからな」


 両親はいつもいないし、妹は俺と違って優秀だ。いつだって孤独な俺にとって、他人との繋がりは特別なんだ。


「お前が吸血鬼だとか、そういうことはあんまり関係ない。それはきっかけに過ぎないんだよ。俺はお前と離れたくないと思ったから別れなかった。血のこととか、俺の記憶のこととか、色々気になることはあるけど……一番はただそれだけの理由なんだ」

「……私が特別だったわけじゃないってこと? もし天使と先に出会っていたら天使と付き合ってた?」

「付き合ってたかはわからないけど……お前より天使との繋がりの方を重視したかもな。でも、実際先に出会ったのはお前だった」


 俺の答えを聞き、赤牙は少し俯く。


「そっか。じゃあ私はたまたま君と縁があっただけのどこにでもいる普通の女の子なんだね」

「…………まあ、そうなるかな」


 本音をそのまま語ったつもりだが……どうだろう。これはマズかったかな。


 取り繕った言葉だろうが、もっと運命的な出会いだったとかドラマチックなことを言った方がよかったかも。


「そうなんだ……君はそう思ってたんだね」


 赤牙は顔を上げ、俺の目を見る。


 その表情は今までに見たどの彼女よりも明るく、幸せそうな笑みだった。

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