第4話 吸血鬼のプライド

 混乱していたトラックの運転手は、赤牙に数秒見つめられると、虚ろな目をしてどこかに去って行った。


 ぺしゃんこになった自分のトラックを放置して一体どこへ向かったのかは、命令を出した赤牙にしかわからない。


「やっぱりちゃんと効いてるよなぁ。風見君が異常なんだよねぇ」

「異常なのはお前の方だろ。俺は普通だ」

「私からしてみれば、君はもはや世界で唯一価値のある人間だよ。普通の人間なんてことはないね」


 その後、騒動を聞きつけて集まった人たちの合間を縫ってその場を去った。野次馬たちもまさかこんな華奢な少女が身一つであの惨状を作り出したとは思うまい。


「なあ、俺が逃げたら人類を滅ぼすって……本気なのか?」

「大マジだよ? 君が嫌がると思ってあの運転手は助けたんだけど、そうしない方が証明になったかな?」

「い、いや……わかった。証明はしなくていい。信じるから」


 どうしよう。とんでもないことになってしまった。まさかたまたま流血しているところを見られたことからこんな事態に陥るなんて。

 少し前の俺に言ってやりたい。膝を擦りむいたくらいで保健室に行くな。そこにはとんでもない化け物がいるぞ。


「なあ、聞いてもいいか」

「何でもどうぞ」

「なんで吸血鬼が人間の学校に通ってるんだ?」

「そりゃ勉強するためでしょ」

「……勉強なんか必要なのか?」

「したいからしてるだけだよ。私はまだ見た目相応の年だけど、吸血鬼は二十歳くらいで成長が止まるからね。そこから何百年も生きるんだから、必要なことだけしてたら飽きちゃうよ」

「お前以外にも吸血鬼がいるのか?」

「いるけど、最強は私だから安心していいよ。他の子たちは銀の弾丸を心臓に撃ち込まれたら死ぬくらい軟弱だから」


 言うほど軟弱か? 心臓に弾丸撃ち込まれたら普通どんな生物でも死ぬだろ。


「いやぁ、それにしても今日は運がいいなぁ。まさかこんな美味しい血の持ち主に出会えるなんて」

「……そんなに美味かったのか?」

「そりゃもう、飲んだ時は脳みそが痙攣したね。ちょっと舐めただけなのに意識が飛びかけたよ」


 それはもう美味しいとかいう次元じゃなくない? 毒じゃない?


「普段はどうしてるんだよ。その辺の人から血を吸ってるのか?」

「状況によりけりかなぁ。通りすがりの人の血を吸うのって行儀が悪いじゃん?」

「行儀……?」


 血を吸っている時点で行儀は悪いと思うが。


「だから何というか……自分から進んで差し出して欲しいんだよね。血を吸ってください! みたいなさ」

「魅了するでもなくってこと?」

「そうそう、あくまで自分の意思でね。それが吸血鬼としてのプライドなわけ」


 まったく共感できない。しかしあちこちで人を襲っているわけではなさそうなのは一安心だな。あの強さでそんな狂暴だったら、人類滅亡も時間の問題だった。


「それは君にも言えることだからね?」

「へ?」

「だから、進んで血を差し出してほしいってこと。君の場合は味が極上だから細かい拘りなんてどうでもいいっちゃいいんだけど、どうせなら君には私の虜になってほしいかな」

「あんな化け物っぷりを見せられた後で?」

「ほら、私ってかわいいじゃん? どう? 惚れた?」


 赤牙は綺麗なウインクを見せ、煽情的な笑みを作る。


 認めよう。確かに可愛い。だが、俺はこいつが化け物であることを知っている。その美貌の下に隠れた本性を知った上で、彼女に惚れるほど馬鹿な男ではない。


「俺を惚れさせたいならもっと人間らしく振舞ってくれ。もともと恋愛には興味ないし、人外なんて完全に守備範囲外だ」

「そうなの? これで結構コロッと落とせるモンなんだけど」


 この世の男どもは馬鹿しかいないのか。そう言えば、さっきの口ぶりからして今までの食事の大半は人間から進んで血を差し出すよう仕向けてたんだよな。人間って案外チョロい生き物なんだろうか。


「なんかもう今日は疲れた……」


 今日一日、というよりこの数十分の間に色々なことがあり過ぎた。一旦家に帰って風呂でも入って冷静になろう。


 ひょっとしたらこれは悪い夢か何かかもしれない。一晩ぐっすり寝て、朝になれば世界は元通りだ。赤牙だって吸血鬼なんかじゃなく、ただの可愛いクラスメイトになってるはず。


「じゃあ、俺帰るから……」

「いやいや、何言ってんの? このまま私の家行くよ?」


 そんな当たり前のことを言わせるなという表情で、赤牙は言った。


「……は?」

「は? じゃないって。君の血を吸わせてもらわないと」

「え、今日から早速?」

「当たり前でしょ。君は最高の料理が目の前にあるのに、すぐ食べずに明日に引き延ばすの?」


 そう言われると何も反論できない。彼女にとって吸血は食事なのだ。毎日やって当然のことだし、俺は今後毎日付き合わされて当然ということになる。


「でも、帰って宿題やらないと……」

「え、じゃあ人類滅ぼす?」

「話が極端すぎだろ!」

「それならあの辺に居る人を二、三人……」

「わかった! 行く! 行きますから!」


 そんな物騒な脅しをかけられれば従わざるを得ない。こいつがどこまで本気なのかよくわからないが、ちょっとでも気紛れを起こされればそれだけで一大事だ。


「はぁ……なんでこんなことになったんだか」

「何か言った?」

「何も」


 ウキウキでスキップする赤牙に続き、俺は彼女の自宅に向かうことにしたのだった。

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