第11話 乱入者は魔法少女

 魔法少女。


 昔、妹がよく魔法少女もののアニメを見ていたのを覚えている。その時に見たキャラクターが、今まさに窓の外で空中に浮かんでいる。


「おい、なんだアレ。アレもお前の知り合いかよ」

「いいや? 私は初めて見るね。少なくとも天使の類じゃなさそうだけど」


 おいおい、赤牙も知らないのかよ。空中浮遊する人間だぞ? しかも校舎の壁を破壊できるパワーまで兼ね備えているときた。

 そんな規格外の人間が、吸血鬼とは別口で存在するのか? 世の中一体どうなってるんだよ。物理学やら生物学やらは時代遅れになったのか?


「────許せない」


 魔法少女が口を小さく開き、絞り出すように呟いた。


 その姿ばかりに気を取られて表情を見ていなかったが、彼女はどうやら激怒しているようだ。

 顔立ちからして十代半ば程度だと思われるが、その幼さが残る目鼻をくしゃくしゃになるほど歪め、天を貫きそうになるほど眉を吊り上げている。


「よくもお兄ちゃ………………その人に手を出したな!」


 魔法少女の持つステッキが、虹色に輝き出す。


「ブッ殺してやる」


 よくわからないが、完全に臨戦態勢だ。壁を破壊した一撃、あるいはそれ以上の威力がある攻撃を放とうとしているように見える。


「なんだか知らないけど、私より強いってことはないでしょ。風見君、私の後ろに下がって。巻き込まれて死なれたら洒落にならないよ」

「お、おい。ここで暴れるつもりか⁉ 学校だぞ⁉ 放課後で生徒が少ないとはいえ、部活やってる奴が多く残ってる!」

「大丈夫。他の人間が巻き込まれる心配はないよ」

「な、なんでそう言い切れるんだよ!」

「ほら、見てごらん。彼女の奥」


 浮遊している魔法少女の奥。位置関係的に、そこはグラウンドの方角だ。そこからはいつも通り練習しているサッカー部の声が聞こえてくる。


「この異常事態を彼らは察知してないみたい。多分、私たちのいるこの教室だけ空間が隔絶されてるんじゃないかな」

「……空間を隔絶? 意味が分からん。どういうこと?」

「私も知らないよ。あの子が何かしたんでしょ。とにかく、ここでどれだけ暴れても周りの人間に影響はないってこと」


 スケールが違い過ぎてピンとこない。俺の前で超次元バトルを繰り広げるのはやめてくれ。小市民にも理解できる争いをしてくれよ。


「何をペチャクチャと……あたしの前で……」


 こんな俺でも察知できるほどに、魔法少女から放たれる殺気が高まっている。まさしく一触即発の空気だ。


「くたばれクソ女! マジカルフラッシュ!」


 ドスの効いた暴言とファンシーな掛け声を叫び、魔法少女の持つステッキから眩い光線が放たれた。


 とてつもない威力の一撃だったように思う。実際、撃たれた瞬間俺は死んだかと思った。しかし、その光線を赤牙は右手一本で打ち返した。


「────ッ⁉」


 真っすぐ跳ね返ってきた光線を、魔法少女は辛うじて回避する。


 そのまま遥か遠くまで飛んで行くかと思われたが、ある程度離れたところで半球状の透明なドームのようなものに当たって消えた。

 どうやら俺たちがいるこの場所だけ空間を隔絶しているというのは、あながち間違いではないらしい。


「君、一応人間だよね? だったら血も流れてるわけだ」


 赤牙は頬を緩め、楽しそうに舌なめずりをする。


「君みたいな超人にはどんな血が流れてるのか。味見してみるのもいいかもね」


 自分でそう言った直後、彼女は何かに気づいたように慌てて振り返り、俺の前で激しく首を横に振った。


「あ! 違うよ? これは浮気とかじゃないよ? 私たちは付き合ってるけど、これはその……ちょっと味が気になったってだけで」

「……俺は何も言ってないぞ」

「でも、目が言ってるもん! 目線が私のことをメチャクチャ責めてるもん! お願いだから私のこと嫌いにならないで!」


 そもそも好きになった覚えはないけどな。なんでこいつは自分が好かれてると確信してるんだ。


「……は? 付き合ってる?」


 赤牙の言葉を聞いた魔法少女の空気が一変した。


「なんて? もう一回言って? 二人が付き合ってる?」

「そうだよ。私たち付き合ってるの。それが何か?」


 魔法少女が放っていた怒気が途端に消え失せる。しかしそれは明らかに、怒りが収まったからではない。何か別の感情に変換しているように見える。


 場は突然静寂に包まれた。さっきまで張り詰めていた殺気が突然なくなったことで不気味な緊張感が漂い始める。


「ふぅん……付き合ってるんだ。へぇ……」


 魔法少女と言えば、一応は正義の味方のはずだ。普段は学校に通う女子生徒だが、悪が出現すればマスコットの力を借りて変身する。俺のイメージする魔法少女像とはそんな感じである。


 しかし、目の前の彼女が正義の味方であるとは到底思えなかった。だってその背中からドス黒いオーラが立ち昇ってるし。もはや魔法少女というより、魔王と呼んだ方がしっくりくる気配を放っている。


「ちょっとお話しないといけないなぁ」


 ……気のせいだろうか。


 吸血鬼と魔法少女の戦いだったはずなのに、魔法少女の視線がいつの間にか俺に向けられている気がする。


「ねえ、あの子君の知り合いなんじゃないの?」

「お、俺は知らないぞ!」

「本当に? でもあの子、君のこと見てるよ?」

「ああ、やっぱり? 俺見られてる?」


 魔法少女の知り合いなんかいないんだけどな。そもそも俺は友達があんまり多くないんだ。特に女子の友達となると心当たりがない。

 それともアレか? 男子が変身してるのか? 魔法少年なのか? それにしたって心当たりはないぞ?


「マジカルワープ!」


 派手な光と共に、魔法少女が姿を消す。


「へ?」


 その直後、魔法少女は俺の背後に突然現れ、猫でも掴むみたいに俺を片手で持ち上げた。


「あっ! 風見君!」


 それに気づいた赤牙が真っすぐ手を伸ばす。その指先が俺に触れるより先に、俺たちの体は光に包まれて霧散したのだった。

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