第15話 妹の秘密

「……あんた、なんでそんな顔色悪いの?」


 家に帰ると、玄関で万穂が仁王立ちしていた。


「彼女が吸血鬼だから」

「そんなの信じるわけないじゃん……って言いたいところだけど、実際見ちゃったしなぁ……」


 万穂は大きくため息を吐き、髪をグシャグシャと掻き乱す。


「お前、自分が魔法少女だって認めるのか」

「だって仕方ないじゃん。もうバレてるっぽかったし。マジでなんでわかったの? 絶対バレないようになってるんだけど」

「知らねぇよ。お前に似てたからそう言っただけだ」

「はぁ、一番バレたくない人にバレてんじゃん。何が認識阻害だ。全然機能してないし。明日絶対クレーム入れてやる」


 魔法少女も色々大変みたいだ。毎度格好よく華麗に悪を倒して、世界平和に貢献するばかりじゃないんだな。


「……で、そもそも魔法少女ってなんだよ」

「そこ聞く?」

「当たり前だろ! お前があんなことやってたなんて……全く知らなかったぞ!」

「そりゃ隠してたからね。話したら絶対反対されるだろうし」

「するに決まってるだろ。危ないことしてるんじゃないだろうな」

「してるに決まってるじゃん。魔法少女だよ? 魔法の世界からやってくる怪物を倒すのが私の仕事なの。それこそ命懸けでね」

「命懸けってお前……」

「いや、お兄ちゃんこそ! 吸血鬼と付き合ってるなんて聞いてないんだけど⁉ どうなってるわけ⁉ そもそもお兄ちゃんに彼女ができてる時点で異常なのに!」


 異常とは酷い言い草だが、あながち間違いではない。一切恋愛に興味がないとかほざいておきながら、シレッと彼女ができていればそう言いたくなる気持ちもわかる。


「あいつはその……人類を滅亡させられるくらい強力な吸血鬼らしいんだ」

「人類滅亡? ……でも、まあ、それくらいの力はあってもおかしくないか。なんかハチャメチャに強かったし」

「で、そいつは俺の血を気に入ったみたいで……毎日吸われてる」

「それ大丈夫なの?」

「あんま大丈夫じゃないけど、断ると人類滅亡させられるから」


 ここまできたらもう全て素直に話すしかあるまい。そう思って包み隠さず告げてみたのだが、万穂は口を大きく開けたまま硬直してしまった。


「え……それ……ヤバくない? 何してんの?」

「さぁ? 俺も自分が一体何をしてるんだか」

「脅されてるってことだよね? なら任せて。吸血鬼は多分あたしが相手してる怪物とはちょっと違うけど、なんとかして見せるから」

「駄目だ! 危険すぎる! まずお前は魔法少女なんかやめろ。そんな危ない仕事はさせられない」

「はぁ? 何偉そうに言ってるの。自分で洗濯機も回せないくせに」

「そ、それはお前……別の話だろ」

「とにかく! あたしは魔法少女であることに誇りを持ってるの! 絶対やめたりなんかしないから! 死ぬまで続けてやる!」

「死ぬまでって……八十歳とかになっても?」

「う……も、もちろん!」


 それはもう魔法少女ではないだろ。魔法老婆だ。派手な衣装を着て、空中を飛び回りながら徘徊なんてされたらたまったものではないな。


「ちょっとお前、変身してみろよ」

「は? 変身? ここで? なんでよ」

「いいから。もう一回間近で見たい」

「はぁ? ……もう、仕方ないなぁ」


 万穂はやや不服そうにしながらも、ステッキを取り出した。


「マジカルフォームチェンジ!」


 呪文のようなものを唱えると、彼女の身に付けていた服が全て弾け飛び、あられもない素肌が露わになる。


「えっ」


 呆気に取られていると、すぐさま光が万穂の体を覆い、やがて夕方に見た魔法少女衣装の形に変わった。


「こんな感じだけど」

「おま……一瞬全裸にならなかったか⁉」

「え、そうだった? まあ魔法少女ってそんなものなんじゃない?」

「何その軽さ! えぇ? 嫌なんだけど! お前、人前で絶対変身するなよ⁉ せめて一回物陰とかに隠れてから……」

「そんなのいいから! ほら、どうなの! 見たかったんでしょ?」


 万穂は少し頬を染めながら、ひらりと一回転して全身を見せてくる。


 素直に変身衣装を見せてもらったわけだし、俺も素直に感想を言ってやることにしよう。


「ちょっとキツいな」

「はぁ⁉ キツくないし⁉ あたしまだ十四だよ⁉ 全然魔法少女いけるでしょ!」

「いや、でもその衣装はないだろ。パンツ見えるぞ」

「見えないの」

「見えるって。だってそのスカートの短さで、あちこち飛び回って戦うんだろ?」

「それでも見えないの。そういう魔法がかかってるんだから」

「なんだよそういう魔法って。そんな下らない魔法使うくらいなら普通に短パンでも履いたらどうだ」

「そんなの可愛くないじゃん!」

「可愛さ大事か?」

「大事でしょ! 可愛いは正義なんだから! 正義の味方は可愛くないと!」

「その理論はおかしくないか?」

「うっさい!」


 これ以上話すことなどないとでも言いたげに、万穂は声を荒げて無理やり会話を打ち切る。


 納得はできないが、万穂は頑固で拘りが強いところがあるからな。俺が何を言ってもどうせ聞かないだろう。ひとまずこの件は保留とする他あるまい。


「ああ、そうだ。あとこれも確認しておきたかったんだけど」

「ん、何? まだ何かあるの?」

「俺と付き合うって……あれどういうこと?」


 その話題を口にした途端────時が止まった。


 そう錯覚せずにはいられないほど、万穂の顔からすんと表情が消えた。


「それは気にしなくていい」

「そういうわけには……」

「気にしなくていいったらいいの」


 万穂は真顔のまま近寄ってきて、もう一度念を押した。


「とにかく、あたしは吸血鬼がお兄ちゃんの彼女なんて認めないから」

「そうは言ってもなぁ」

「だって、義理の姉だよ? 魔法少女の義姉が吸血鬼だよ? そんなの示しがつかないよ」

「いや、結婚するわけじゃないんだから」

「あんたがどういうつもりかは関係ないの。周りにどう見られるのかが重要なの」


 確かにそれはそうかもしれない。一応、万穂は正義の味方として魔法少女をやってきたのだろうが、その兄が吸血鬼と交際しているなんてことがバレたら、説得力がなくなってしまう。


「だから、あの吸血鬼を何とかしよう!」

「何とかって、どうやって? お前の魔法についてはよくわからないけど、倒すのは多分無理だぞ? それに、お前にはあんまり戦ってほしくない」

「わかってる。あたしも勝てない相手に挑むつもりはないから。別に倒せなくても別れさせられればそれでいいんだよ」

「別れさせる?」

「そう、大丈夫。あたしに任せて。お兄ちゃんがあんな変な吸血鬼なんかに、二度と付き纏われないようにしてあげるから」


 万穂は自信満々にドンと胸を叩いた。


 兄だからこそ言えることがある。こういう時の万穂は、絶対に空回りして大失敗するのだ。

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