第6話 人間の食事

「人間の男を惚れさせるには、まず胃袋を掴むべし。なるほどなるほど」


 スマホで何やら調べ物をしていた赤牙はそんなことを呟きながら立ち上がり、足早に部屋を出て行った。


 しばらくすると、彼女はレジ袋片手に戻って来た。そのロゴは近所にあるスーパーのものだ。


「君もちょっと疲れてるみたいだし、私が料理を作ってあげるよ。血に良さそうな食材を色々買って来たからさ」


 彼女が取り出したのはレバーやホウレン草など、鉄分が豊富そうな食材ばかり。血を抜かれ過ぎてほぼミイラ状態の俺からすれば命を繋ぐ貴重な栄養源だ。


「お、お腹すいた……早く……もうそのままでいいから……」

「いやいや、生レバーはマズいでしょ。ちゃんと火を通してあげるからちょっと待ってて」


 それから放置されることおよそ十五分。


「────はい、完成!」


 俺の目の前に、食材の墓場とも呼ぶべき地獄が建設された。


「……なにこれ?」

「私の作った料理だけど? 名付けて『漲る血液! ブラッディーハウディー!』」


 そのふざけた料理名はどうでもいいとして、問題なのはその見た目だ。ひょっとして三角コーナーに溜まっていた生ごみをそのまま持ってきたんじゃないだろうかと思えるくらいには、混沌とした一品がそこにはある。


「ま、まあ、味さえよければ……」


 俺は意を決し、焦げて何が何だかわからなくなっているものを一欠片つまんで口に放り込んだ。


「……赤牙。一つ聞いていいか?」

「何?」

「普段、人間の料理って食べるか?」

「いいや、私は人間の生き血しか口にしないよ。別に人間の料理を食べても不都合はないんだけど、美味しいと思わないんだよね」

「なるほど、つまり人間とは味覚がまるっきり違うと」


 そりゃあ美味しい料理なんか作れるわけないよな。俺の記憶にある限り、こんなに不味い料理は今まで食べたことがない。ぶっちぎりの一位だ。

 あまりに酷い。料理でやってはいけないことをすべてやり、やるべきことをすべてやらなかったとしてもここまで酷くはならないだろう。もはや呪いの類であるとしか言いようがない。そんじょそこらの毒よりよほど毒だ。


 ただ、使った食材から考えて、俺にとって大切な栄養素が豊富に含まれていることは間違いない。止むを得ず、俺は二口目に箸を伸ばした。


「よしよし、気に入ってくれたようで何よりだよ」


 赤牙は俺が露骨に顔をしかめていることにも気づかず、満足げな顔をしている。どれだけ鈍いんだこいつは。それとも人間に興味がないだけか。


 それから三十分ほどかけ、俺はなんとか彼女の料理をすべて胃の中に押し込むことに成功した。


「ふぅ……ごちそうさまでし……」

「ほら、まだまだおかわりもあるよ!」

「おかわり⁉」


 この破壊兵器がまだあるというのか。本当に俺を回復させる気があるのか? 殺す気なんじゃないのか?


「こ、こんなに食えないというか……」

「いやいや、吸った血の量から考えたらこれくらいは食べないと。ちゃんと明日までに回復してもらわないと困るからね」

「なっ……⁉ 明日も吸う気か?」

「当たり前でしょ? 食事は毎日するものじゃん」


 それはそうだが、食べたものがすぐ血になるわけじゃないんだ。そんなハイペースで血を吸われていたら冗談抜きで死んでしまう。


「せめて三日に一回くらいにしてくれないか?」

「えぇ? それは困るなぁ。私が飢え死にしちゃうよ」

「他にも血をくれる奴に当てはあるんだろ? そいつらに頼んでくれよ」

「いーや。私はもう君以外の血を吸う気はないから」


 彼女は赤い瞳を光らせ、怪しげに微笑む。


「……なんでそんなに拘るんだよ」

「君の血が美味しいからだよ。そう言わなかった?」

「どれだけ大好物でも、毎日食べたら飽きるぞ」

「あー、そうじゃないんだよね。吸血を食事に例えたのがマズかったかな。私たちにとって血を吸うという行為は、ただお腹を満たすだけのためにやってるわけじゃないの」

「……どういう意味だ?」

「ずばり吸血とは、人間の遺伝子を体内に取り込む行為なんだよ。それは場合によっては、吸血鬼の性質をさらに高みへと進化させることにもなる」


 言っている意味がわからず、首を傾げる。


「つまり、吸血鬼は自分と相性のいい血を吸うと、もっと強くなれるってこと」

「……今以上に? 今でも人類滅ぼせるくらい強いんだろ?」

「より上位の存在になろうとするのは吸血鬼の本能だから。個体数が少ないからこそ、自分自身を強化しようとする意志が強いんだよ」


 よくわからないが、そういうものなのか。彼女がより強くなろうとするのは、人間でいうところの生殖本能みたいなものだということか。


「私は必要な食事量が吸血鬼にしては極端に多くてね。本当は数年に一度くらいでいい吸血を毎日しなきゃいけない。まあ、裏を返せば強い力を持っていることの証明でもあるんだけど、兵糧攻めをされたら結構簡単に死ぬ」

「お前相手に兵糧攻めなんて、それこそ人類を根こそぎ消し去るしかないだろ」

「それでも弱点であることに変わりはないから、克服しておきたいんだよね」


 冗談じゃない。ただでさえ化け物なのに、弱点を克服なんてされたらもはや人類は終わりだ。


「そこで君の血が大事なんだよ。君の血はとても美味しかった。きっと、私の体と相性がいいんだと思う。もし君の血が最高の質になった状態で吸えば……私は完全無欠の存在になれる」

「お、俺の血で……?」


 ヤバい。このままじゃ俺が人類滅亡の戦犯になってしまう。勘弁してくれよ。俺はラスボスの強化アイテム扱いかよ。


「……その、最高の質って?」

「さっきも言った通り、君が自分の意思で私に血を提供してくれること。簡単に言えば、私に惚れてくれればそれでいいわけ」


 俺が彼女に惚れれば、血を吸われることにも抵抗がなくなるだろう。つまり完全にノンストレスの状態で吸血されることになり、最高級の血液を提供することになる。


 そうなれば彼女は進化し、唯一の弱点である飢餓を克服する。人類が彼女に対抗する手段が失われるということだ。


「で、どう? 私の美味しい料理を食べて、少しは私に惚れた?」


 ワクワクした様子で、赤牙は俺の顔を覗き込んでくる。


「……今の話を聞いて、惚れるわけないだろ……?」

「えぇ~? せっかく頑張って料理したのに~」


 やっぱりこいつは人間のことをいまいち理解していない。心の底からガッカリした様子の赤牙を見て、改めてそう確信した。

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