第43話 公園の待ち合わせ

 デート当日。俺たちは学校近くにある公園で待ち合わせた。


 休日だろうと変わらずここは閑散としており、公園というよりは遊具が放置してあるだけの空き地と呼ぶべきなんじゃないかとさえ思う。


「────お待たせ」


 ベンチでしばらくボーっとしていると、白いワンピース姿の赤牙が現れた。


「随分早いね。まだ集合時間の五分前なのに」

「ああ、たった今着いたところなんだ」


 AIに受けたアドバイスその一、約束した時間の三十分前には待ち合わせ場所で待機しておくべし。長時間待っていたことを悟らせないとなお良し。


 デートで彼女を楽しませたいと考えるなら、待ち合わせ場所に先についておくことは必須であると言える。

 こうすることで彼女を待たせずに済む上、デートを楽しみにしていたのだということを自然にアピールできる。

 サプライズやプレゼントという飛び道具もいいが、こういう細かい気配りができていなければ、デートのクオリティは著しく低いものになる……とのことらしい。


 あの高性能なAIがネットの情報をかき集めてはじき出したアドバイスだ。それなりに信用度は高いと思うが……。


「君はもっと時間にルーズなタイプかと思ってたよ。案外ちゃんとしてるんだね」


 どうだろう。これはいい反応なのかな。表情からはいまいち感情を読み取ることができないが、不機嫌というわけでもなさそうだ。ならばここで手を緩めることなくさらに畳みかけることとしよう。


 AIから受けたアドバイスその二。とりあえず服を褒める。大抵の場合、女性はデートに向けて手間と時間と費用をかけて服を選んできている。それに対し、特にコメントしないなど言語道断だ。

 別に洒落たセリフでなくともいい。服に詳しくないのなら専門的なことは何も口にせず、ただシンプルに褒めればいい。簡単な言葉であっても、案外嬉しかったりするものだ……ということなので、早速実践してみることにしよう。


「そのワンピース……」


 俺が服について触れた瞬間、赤牙の目の色が変わったのがわかった。


 この目は俺にもわかる。これは何かを期待している目だ。クリスマスの朝、枕元に置いてあったプレゼントを開ける直前の子どものように、ワクワクした感情が滲み出ている。

 彼女の欲しいものはもちろんわかっている。AIに教えてもらったからな。ここはその期待に応え、バッチリ決めてみせるとしよう。


「とても似合ってるな! すごく可愛いよ!」


 誉め言葉としてはあまりに単純すぎたかもしれない。しかし決してお世辞というわけでもない。赤牙の白ワンピース姿が可愛いのは事実だ。これは嘘偽りのない俺の本心である。

 さて、赤牙はどんな反応を見せるだろう。流石に大喜びとはいかないまでも、いい感触は得られるのではないか。


 そう思い赤牙の様子を伺ったのだが……彼女は露骨にガッカリしたような表情を浮かべていた。


「あ、あれ?」


 間違いなくミスったな。この反応は絶対正解じゃないぞ。


 しかしなぜだ。俺の選んだ言葉は少々無難ではあるが決して悪くなかったはず。一体何がそこまで不満だというのか。


「……ま、私の力がよく効いてる証拠か」

「なんて?」

「何でもないよ。ありがとう。これは私のお気に入りなんだよね。似たようなデザインのやつをずっと昔から着てるの」


 そのありがとうという言葉には、全く喜色が滲んでいなかった。


 やはり赤牙茜、最強の吸血鬼なだけはあって強敵だ。そう簡単に機嫌を取らせてはもらえないか。一筋縄ではいかない相手だな。


「じゃあそろそろ行こうか。俺の考えた完璧なデートプランを披露してやるから、覚悟しておけよ」


 しかしこれでも俺だってもう何度か吸血鬼や天使との修羅場を潜り抜けてきた歴戦の男だ。この程度のことで動じるはずもない。


「そんなにハードル上げちゃっていいのかな。期待値が上がると審査も厳しくなっちゃうかもよ?」

「…………ならそんなに期待するな。ほどほどに楽しいデートにしよう」

「何それ。あんま自信ないってこと?」

「自信はあるよ。プランにはな」


 AIが用意したんだ。それなりに完成度は高いはず。後はそれをプラン通り実行できるかどうかにかかっている。


「じゃあほどほどに期待させてもらおうかな。ちゃんと私を楽しませてくれなきゃ浮気者認定だからね?」


 赤牙はそう言って俺を軽く小突き、念を押してくる。


「はいはい……俺としても吸血鬼と契約しておきながら、天使の誘いに簡単に乗るような男だとは思われたくないからな」

「まあ実際のところ、君に吸血鬼と天使の二股ができるような器があるわけないとは思ってるんだけどね」


 なんだよ、よくわかってるじゃないか。でもちょっと複雑だな。俺が小物だってことは周知の事実なのかよ。


「それならこんな手間をかけて証明する必要なんかないんじゃないのか?」

「いやいや、君が天使と密会してたのは事実だからね。君の気持ちを確かめておく必要はあるでしょ」

「確かめるまでもないと思うけどな。俺は自分の意思でお前との関係を続けることを選んだんだぞ? それで充分証明になってるだろ」

「君はいつも自分だけは常識人みたいな顔してるけど、なんだかんだ変人だからね。私と付き合う選択をしたのもそうだし、ひょっとしたら人外なら誰でもいいんじゃないの?」


 こいつは俺のことを一体なんだと思ってるんだ。確かに吸血鬼が目の前に現れてもそこまで驚かなかったし、それどころかなんだかんだ一緒にいるし、魔法少女や天使もそこそこ受け入れてるけど、たったそれだけで人外好きの特殊性癖扱いされるのは心外だ。


「お前なあ……いいか? 俺が恋愛に興味がないって言ってるのは、別に人間は好きになれないからとかそんな理由じゃないぞ?」

「そこも怪しいところなんだよね。男子高校生のくせに恋愛に興味ないって何? この年頃の男子は全員性欲の化身みたいなものなんじゃないの?」

「酷い言い草だな……」


 まあ平を始めとして、天塚に群がる男子たちを見ているとあながち否定できないところではある。アレが男子高校生のスタンダードなんだろうか。そうは思いたくないんだが。


「そういうわけで、浮気はないにせよ、君なら天使と仲良くなるのも有り得なくはないかなとは思ってるんだよ。私としてはそれが気に食わないわけ。わかる?」

「……それで吸血鬼一筋あることを証明しろと?」

「その通り。簡単でしょ? 人外だから私と一緒にいるんじゃなく、私だからこそ一緒にいるんだって証明してもらわないと。ほら、だから早く行こ」

「これで失敗したら、俺は浮気者扱いされる上に、人外相手なら誰でも付き合う異常者扱いされるのか……」


 どうやらこのデートは思っていた以上に俺の尊厳に関わる正念場だったらしい。そうなると万が一にも失敗はできないな。

 大丈夫。俺にはAIが考えた最強のデートプランがついてる。これさえこなせれば俺が実に平凡な感性を持った一般人であるとわかってもらえるはずだ……たぶん。

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