第44話 強者
完璧なデートプランとは一体どんなものだろうか。
夜景の見えるお洒落なレストランを予約するとか、花火の上がるタイミングに合わせてクルージングを楽しむとか、そういう小粋なことをしておけばいいのか。
仮に理想がそうなのだとしても俺はまだ高校生。そんな金のかかりそうなプランを実行に移すのは不可能である。
そう、どこに行くかだけではない。いくら費用がかかるのかも重要なのだ。俺の予算からして、一回のデートで使える金額は千円そこそこ。レストランなんぞに行ってしまえば、一食分にもならない程度の金額である。
もっと金がかからず、かといってケチ臭くもならず、それでいて質の高いデートプランでなければ完璧とは言い難いのではないか。
そこでAIが弾き出した結論がこれだ。
「じゃーん! 動物園だ!」
入り口前で大きく手を広げ、自慢げに語ってみた。
動物園といえば代表的なデートスポットだ。しかもここは入場料五百円で、学生でも手が出しやすい。
まさに今の俺にとって理想的な場所であると言えよう。探し求めていた答えそのものであると言ってもいい。
パズルのピースがカチッとハマるかのような最適解だ。こんなものをパッと出してくれるんだからAI様様だな。
「……風見君にしては普通だね」
しかし赤牙の反応は鈍い。動物園に連れて来ただけで大喜びするようなチョロい女だと思っていたわけではないが……少し先行きが不安だな。
まあまだここは入場ゲート前だ。中に入って、迫力ある動物たちを間近で見れば赤牙もそれなりに楽しんでくれるはず。
……なんか緊張してきたな。あれだけ自信のあったプランも、いざとなると心許なくなってくる。
これは人類の叡智の結晶である人工知能様が出した結論だぞ。絶対上手くいくに決まってる……と信じたいところなのだが、所詮は学校のタブレットに内蔵されてるアプリだからな。
「何ボサッとしてんのさ。入るなら入ろうよ」
「お、おう……」
ここまで来て躊躇していても仕方がない。俺たちは入場料を払い、ゲートを潜って動物園に踏み込んだ。
まず感じたのは、独特な獣臭さだ。決して良い匂いとは言えないが、不思議と不快にもならない。この野性味が俺の中に眠る少年の心をくすぐってくる。
そして出迎えるのは、巨大なゾウだ。
別に俺は特別動物が好きなわけではないし、知識もない。動物園に来ることを選んだのもAIの判断に従ったからに過ぎない。
だがそれでも、その巨大なゾウの迫力を目の当たりにした瞬間、俺の心はガッチリと鷲掴みにされた。
「うおおおおお! すごい! デカいぞ!」
あの長い鼻でどつかれたら、俺なんかひとたまりもないだろう。あの太い足で踏み潰されたら、抵抗することもできず潰されるだろう。
まさしく圧倒的な力だ。その巨大な体が蠢くたびに、底知れない力の威圧を感じ取ることができる。本来なら近づくだけで冷や汗が止まらないであろう巨体をこんな間近で拝めるとは。
「見ろ赤牙! これはすごいぞ!」
「そうだねえ」
……あれ、反応が鈍いな。こんなに強そうでデカい生き物が目の前にいるのになんでこいつはそんなシレッとした顔をしていられるんだ。
「あ、あっちにはゴリラがいるぞ!」
こちらもなかなかの迫力だ。サイズこそゾウに劣るが、全身を覆う黒い毛でも隠し切れない強靭な筋肉は、男として憧れに似た感情を抱かずにはいられない。
もし握手できたとしたら、俺の手はミカンを潰すように容易く捻り潰されてしまうのだろう。
体の構造は人間と大差なさそうなのに、それだけのパワーを秘めているなんて不思議だ。あるいは人間が弱すぎるのだろうか。彼らが人間と同等の知能を持っていたとしたら、動物園で保護されるのは俺たち人間の方だったろうな。
そう考えると、妙にワクワクしてくる自分がいる。あんなところでゴロゴロと寝転がっているゴリラも、その気になれば簡単に人間を圧倒できる力を秘めている。なんて魅力的なんだろう。
「お、ここに解説があるぞ。へぇ~ゴリラって握力500キロくらいあるんだな!」
「ふぅん」
「ほら、こっちはチーターだ! 時速100キロ以上で走るらしいぞ!」
「へえ」
こんなにも魅力的な動物がたくさんいるというのに、赤牙は学校で国語の授業を受けている時と同じような顔をしている。
「どうした? 動物はあんまり好きじゃなかったか?」
「いや、私はそんなことないんだけど……」
赤牙は檻の中にチラリと視線を向ける。
するとその途端、さっきまでのんびりくつろいでいたチーターたちが慌てて起き上がり、岩の陰に隠れてしまった。
「どちらかというと向こうが私のこと苦手なんじゃないかな。ほら、動物園にいるとはいえ、人間と比べれば野生の勘は鋭い方だろうし……」
……しまった。すっかり頭から抜け落ちていた。
これだけ迫力ある動物たちの中の誰よりも、こいつの方が強いのだ。握力はゴリラ以上、速さはチーター以上、ゾウが相手だって力負けすることはない。その実力差を、彼らは敏感に察知してしまっているのだ。
「あっちにはライオンもいるみたいだけど、行ってみる?」
「お前にビビってる百獣の王は見たくないなぁ……」
「そう? じゃあもっと他に面白い動物の展示はないの? 天使とかが檻に入ってると最高なんだけど」
「あるわけないだろそんなもん!」
クソ……誤算だった。これはあくまで人間向けのデートプランであり、吸血鬼が楽しめるとは限らないのだ。まさかこんな落とし穴があるとは。
「ちょ、ちょっとトイレ行ってくる!」
俺は急いで物陰に隠れ、鞄からタブレットを出してAIアプリを起動した。
「おい、緊急事態だ! すぐにライオンより強い女でも楽しめるデートプランを練ってくれ!」
『……何を求められているのか理解できませんが、一応そのまま検索をかけてみましょう』
「頼む。かなりピンチなんだ」
『……結果が出ました。ライオンより強い女でも楽しめるデートプラン。それはやはりライオンより強い男とデートすることではないでしょうか?』
「元も子もないこと言うなよ⁉」
普通の人間には、吸血鬼を楽しませる余地などないということか。
完璧だったはずのデートプランが、ここにきて思わぬ形で破綻してしまった。
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