世界を滅ぼす吸血鬼系ヒロイン~惚れたら人類滅亡なラブコメ~

司尾文也

世界を滅ぼす吸血鬼系ヒロイン

第1話 保健室の吸血鬼

 風見恵太、高校一年生。

 人生で初めて彼女ができた。


 名前は赤牙茜あかきばあかね。高校の同級生で、艶のある黒髪と、口元から覗く鋭い八重歯が特徴的な類稀なる美少女だ。


 そして、世界を滅ぼす吸血鬼でもある。


 ……待ってくれ。俺を頭のおかしい妄想癖扱いするのは頼むからちょっと待ってくれ。


 突拍子もない話だってことはわかってる。俺自身も未だによくわかっていないくらいだ。


 運動神経は平均以下、学力も平均以下、身長も平均以下で、顔だって別に良くはないどこにでもいるモブな俺に彼女ができるだけでも嘘みたいな話なのに、それに加えて吸血鬼だなんて話を盛り過ぎだと思われても仕方ない。


 だが、これは正真正銘の事実で、現実なのだ。

 一体なんでこんなことになったのか。このおかしな状況を説明するためには、話を一日前まで戻す必要がある。


「────痛っ!」


 放課後、家に帰ろうと校舎を出たタイミングで、どこからともなく飛んできたサッカーボールに吹っ飛ばされた。


「なんだよコレ……誰だ蹴った奴! 気を付け……」


 痛む体を起こし、ボールが飛んできた方を見ると、シュート練習をしているサッカー部の姿が目に入る。


「おらぁ! 何やってんだ! もう一本!」

「俺にパスで良かっただろ! ちゃんと周り見ろ!」

「うるせぇ! お前のポジショニングが悪いんだよ!」


 校舎の裏側まで聞こえそうな大声で怒鳴り合っている彼らを見て、俺は口から出かかっていた怒りをグッと飲み込む。


「……まあ、そういうこともあるよな。うん、わざとじゃないなら……いいや」


 どうにもサッカー部の奴らは苦手だ。

 声がデカいし、体もデカいし、態度もデカい。あんまり関わり合いになりたくない部活ランキングで野球部を抑えて堂々の一位に君臨するくらいだ。

 文句の一つでも言おうものなら、ボッコボコにされる未来しか見えない。


 俺は仕方なく、飛んできたボールを力なく投げ返すだけに留めておいた。君子危うきに近寄らずというやつだ。


「あぁ、クソ。膝擦りむいてるし」


 ズボンをまくり上げて確認してみると、地面に垂れるくらい血が出ていた。運動神経が悪いせいか、ボールがぶつかって転んだ時に怪我をしてしまったらしい。


「帰る前に保健室に寄って行くか」


 仕方がないので絆創膏でも貰おうかと、進路を変更して保健室へ向かう。


 誰もいないと思っていたそこには、同じクラスの赤牙茜がいた。


「ん? ああ、風見君か。何か用?」


 ほとんど会話をしたこともないはずの俺に対し、赤牙は気軽に話しかけてくる。


「ちょっと怪我したから……」


 俺はそう言って、目を合わせないようにしつつ引き出しを開け、消毒液とガーゼを探す。


「探し物?」


 俺が避けていることに気づいているのかいないのか、赤牙はわざわざ俺の前まで回り込んでそう問いかけてくる。


(近いなこいつ……)


 恥ずかしながら、俺はあまり女子慣れしていない。女子と話すときはどうしても妙に意識してしまう。

 それがクラスでも人気の美少女である赤牙茜となれば、まともに会話を成立させることすら困難だ。できればあまり話さずやり過ごしたいのに。


「血が出たから、消毒しないと」


 そこでようやく赤牙は、俺の膝から流れ出る赤い液体に気が付いたらしい。


「ああ、やけに血の匂いがすると思ったら」

「……匂い?」

「そこ、座って。私がやってあげる」


 彼女は保健室に備え付けられたベッドを指さし、そこへ腰を下ろすよう促した。


「え、いや、俺は別に……」

「いいから。私保健委員だし、ちょうどいいでしょ」


 俺の意向を無視して消毒液を準備する赤牙。それ以上強く拒否することもできず、俺は渋々ベッドの端に座った。


 すると赤牙は俺の正面で屈み、傷口に手を伸ばし……そこで動きを止めた。


「……美味しそう」


 俺にギリギリ聞こえるかどうかくらいの声量で、ポツリとこぼす。


「は?」

「誰も見てないし……いいよね」


 赤牙は周囲を確認した後、ペロリと舌を出して傷口を舐めた。


「うぎゃああああああああああっ!!!!!????」


 突然の奇行に、思わず俺は跳びはね、ベッドの反対側に背中からひっくり返った。


「な、なにすんだいきなり!?」


 サッカー部には怒れなかった俺でも、ここは流石に怒鳴った。しかし赤牙はそんなことなど意に介さず、なぜか床に転がって悶えていた。


「くううううぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ! まさか……こんな逸材がこんなところにいたなんて!」


 頬を紅潮させ、よだれを垂らし、息を荒げる赤牙。その姿を見て、俺の怒りはあっという間に吹っ飛んでしまった。

 それ以上に、とにかく困惑が脳内を埋め尽くし、もはや俺の思考は完全に硬直してしまっていた。


「あぁ……ごめんごめん。つい美味し過ぎて……」

「な、なんだ急に……美味しい……? 俺の血が……?」

「大丈夫大丈夫、ちゃんと記憶は消しとくから。今見たことは何も思い出せなくなるから」

「何が大丈夫なの⁉」


 俺のイメージでは、赤牙茜はこんな奇抜な言動を取る生徒じゃない。もっと物静かで、それでいて強い自己を持っており、あえて独りで行動することが多い一匹狼タイプだったはずだ。


 それが……他人の血を舐めて大興奮する変態だったなんて。なんかショックかもしれない。


「……いや、待てよ。君の血はもっと欲しいし、毎回毎回記憶消すのも面倒かな」


 赤牙は顎に手を当て、俺の方を見つめながら何やらブツブツ言っている。そしてしばらくすると、名案を思い付いたとでも言いたげにパチンと両手を合わせた。


「じゃ、私と付き合っちゃおっか?」


 そういう経緯で、俺はクラスのアイドルから告白を受けた。この意味不明な告白の真意がわかるのは、もう少し先の話だ。

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