第16話 放課後デートと魔法少女の謀略
「なあ、今日の放課後、デートしないか?」
昼休み、隙を見て赤牙にそう伝えた。
「え、デート? どしたの? 急に乗り気じゃん。私に惚れることに前向きになった?」
無論、そうではない。ただ万穂から、赤牙をとある場所へ誘い出すように指示を受けているのだ。そのために最も都合のいい口実がデートだった。
「いいよいいよ。行く行く。風見君とはもっと仲良くなりたいと思ってたんだ」
案の定、赤牙は何の疑いもなく食いついてきた。しかし、これは俺にとってあまり望んだ結果ではなかった。
俺は心配で仕方がないのだ。万穂が俺から赤牙を引き離すために色々手を打ってくれているらしいが、それが成功するとは到底思えない。最悪の場合、万穂と赤牙が明確に敵対することになってしまうのではないかと。
ただでさえ魔法少女として活動しているらしい万穂には敵が多そうなのに、最強の吸血鬼まで敵に回してしまっては命がいくつあっても足るまい。兄として、妹をそんな危険な目に遭わせたくはない。
だからできれば、赤牙には断ってほしかった。そうすれば万穂の計画はこの時点で頓挫していたというのに。
「で、どこに連れて行ってくれるの?」
「ああ、それは……」
俺は赤牙を連れ、万穂から指示された通りの場所へ向かう。
「────ここだよ」
やって来たのは学校近くにある公園だ。色々なアスレチックが設置してある広めの公園だが、今時の子どもはこういう場所で遊ばないのか、酷く閑散としている。
「デートっていうから映画館とか水族館とか行くのかと思ってたけど」
「ああ、俺も思ってた」
俺が決めたわけではないので、この場所を選んだ意図などわからない。しかし学生が放課後にデートする場所なのだから、公園はさほど不自然なチョイスではないと思う。むしろ王道なんじゃないだろうか。
「ここで何するの?」
「さぁ……何するんだろう……?」
「………………」
俺は本当に何も聞かされていないんだ。万穂はここで一体どうするつもりなのか。もしヤバいことをしようとした場合は、何としてでも止めないと……。
「せっかくだし、ちょっと遊んでみる?」
妙な沈黙が続いたことに気を使ったわけではないのだろうが、赤牙が近くにあった鉄棒に駆け寄っていった。
「それっ」
赤牙は鉄棒を掴むと、腕を伸ばしたままいとも容易く縦に回転した。
「こういうの大車輪っていうんだっけ?」
技の難易度をあまり理解していないらしく、彼女はそのまま残像すら見えないほどの速さで暴風を巻き起こしながら回転し続けた。
「ちょっ……赤牙! それはマズい! そんな女子高生いないから!」
「ん? あ、そう?」
俺の声に反応してピタリと制止した赤牙は、スカートを抑えつつゆっくり着地する。
「ついついやり過ぎちゃったよ。君が見てるから張り切っちゃった」
「……お前これ、鉄棒歪んでない?」
規格外の握力で掴んでブン回したせいで、まっすぐだったはずの鉄棒が現代アート染みた歪な形になっている。
「ホントだ。ごめんごめん。すぐ直すよ」
曲げたスプーンを元に戻すくらいのノリで、彼女は鉄棒を引き延ばした。よく見ると側面に彼女が握った指の跡が付いてしまっている。
「ほら、君もやってごらん」
「いや……俺は……いいや……」
あんなの見た後にやろうと思えるわけないだろ。こっちは逆上がりでひいひい言うレベルなんだぞ。
「あ、じゃあ、俺はこっちで……」
鉄棒の横には、半分地面に埋まった太いタイヤが複数並んでいるアスレチックがある。
俺の身体能力でも、タイヤからタイヤに飛び移って遊ぶくらいならどうとでもなる。それが楽しいかどうかは別問題だが。
「よいしょっと。俺でもこれなら余裕で……」
タイヤに乗り、次のタイヤへ進もうとした瞬間、足場が急に不安定になって地面に突き落とされた。
「ちょっと! 大丈夫?」
赤牙が慌てた様子で駆け寄って来る。
「どうしたの? そんなことしてたら怪我するよ?」
「何か今……変なことにならなかった?」
「変なことって?」
「いや………………」
おかしいな。俺はあんまり身体能力が高くないが、こんなことでミスするほど鈍いわけでもないはずなんだが。
「ええい、次だ次!」
別に興味なんかなかったが、失敗したら失敗したで悔しい。今度こそバッチリ成功させるべく、タイヤに足を乗せる。
「あれっ?」
しかし、結果はさっきより酷かった。両足をタイヤに乗せようとしたタイミングで足を滑らせ、頭からひっくり返る。
「……わざとやってるの? 私なら怪我を治せるけど、痛いものは痛いんだよ?」
「それはよくわかってるけど……」
寝ころんだまま、公園の奥の方にある茂みに視線を向ける。するとそこに、コソコソと隠れる派手な衣装の少女がいることに気づいた。
(あいつまさか……俺をわざと転ばせたのか)
魔法か何かを使って、俺が失敗するように誘導しているんだな。そうでないとこの壊滅的な運動神経は説明がつかない。
カップルで一緒に公園へ来て、極めて簡単な遊具すらできていない彼氏を見たら彼女はどう思うだろう。それはもう幻滅するに違いない。
足の速い奴がモテるのは小学生までという話はよく聞くが、高校生になっても運動神経が良い奴は割とモテる。野球部やサッカー部がモテるのが良い証拠だ。逆に鈍い奴が女子人気を集めることはあまりない。
つまり万穂は、俺の身体能力が極度に悪いと赤牙に思い込ませ、フラれる方向に誘導してやろうという魂胆なわけだな。
まあ……普通のカップルならその作戦もいい線行くかもしれない。────だが妹よ。違うんだ。
こいつは俺のことが好きなわけじゃない。俺の血の味が好きなだけなんだ。だからどれだけカッコ悪い姿を晒したとしても嫌われることはない。
「あんまりちゃんと見る機会もなかったけど、人間って案外こんなこともできないんだね。ちょっとかわいいかも」
ほら、赤牙の目が小動物の赤ちゃんを見るような目になってる。儚い命が必死に生きようと藻掻くのを見て楽しむ上位種族の目になってるって。
「私も人間に紛れるためには、これくらいの方がいいのかな?」
ちっとも気にしていない様子の赤牙を見て、万穂が茂みの奥で唇を噛んでいる。そんなに頭を出したら見つかってしまうぞ。
何にせよ、作戦は失敗だな。でも良かった。危険なことをしようとしていたらどうしようかと思ったが、この程度なら平和に解決しそうだ。
「もうそろそろ帰ろうか」
俺が背中についた土を払いながら立ち上がった時、赤牙は不思議そうな目で公園の奥を見ていた。
「……どうした?」
「何かいるね」
「えっ」
マズい、万穂が隠れているのがバレたか。
「い、いや、気のせいじゃないか? そんなことより早く帰ろう!」
「気のせいじゃないよ。私の五感が間違うはずないんだから」
「も、もうそろそろ日が落ちるし! 早く帰ろう! な? な?」
必死に気を逸らそうとするが、赤牙はピクリとも動かない。やがて耐えきれなくなったかのように、茂みから人型の影が飛び出してきた。
「……ん?」
姿を現したのは魔法少女……ではなかった。
滑り気のある紫色の肌に、大量の目と口が備わっており、人型でありながら四足歩行に近い動きをする謎の生命体。
それはまさに怪物としか言い表しようのない、奇妙な生物だった。
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