第14話 反抗
「まさか人間に血を吸われる時が来るとは……」
赤牙が自分の首を擦りながら照れくさそうに呟く。
「吸ってない。というか吸えるわけないだろ」
言うまでもないことだが、彼女の肌には傷一つ付いていない。歯は人間の体で最も頑丈な部位だと聞いたことがあるが、それを持ってしても吸血鬼に傷を負わせることは不可能だったというわけだ。
むしろ噛みついた瞬間は、こっちの歯が欠けたかと思った。質感は極めて人間に近いのに、強度が違い過ぎる。
撫でるだけならわからないだろうが、叩いたり蹴ったりすれば、彼女が人間離れした耐久力を持っていることは簡単に露呈する。日頃から他の生徒との接触を避けているのはこれが理由か。
「別に私は構わないよ? 私たちは付き合ってるんだから、対等な関係でなくちゃいけない。私が君に噛みつくなら、君にだって私に噛みつく権利があるべきだよね」
「お互いに噛みつくのをやめるって選択肢もあるぞ」
「その場合は君がその気になるまで人類の数を減らさないといけないね」
赤牙は俺の血を吸えさえすれば、それ以外のことには結構寛容らしい。今回は最悪殺されるかと思ったが、むしろ上機嫌に見える。
しかし、吸血を拒否しようとすると容赦がなくなる。やはりしばらくは彼女との関係を続けていくしかなさそうだ。
「それで……いつになったら下ろしてくれるんだ?」
俺は今、赤牙に抱きかかえられて空中を飛んでいた。そろそろ日が落ちる時間帯ではあるが、まだ空は赤い。下手したらバレるのではないかと気が気でないというのに、赤牙は何やらのんびりと考え事をしているようだった。
「また例の天使とやらが来るんじゃないのか?」
「多分大丈夫。それより見てよ、校舎の壁をさ」
「……校舎? いや、遠すぎて見えん」
俺たちがいるのは遥か上空なので、校舎なんか豆粒サイズにしか見えない。
それよりも、あまり俺に下を見せないでくれ。いくら何でもこの高さをこんな不安定な体勢で飛んでいるのは怖すぎる。
「壊れた壁が直ってるんだよ。不思議だよね。あの子の力なのかな」
「え? ああ……空間を隔絶したとか言ってたやつか。それに対して、お前が壊したビルはそのままだな」
こっちは上空から見てもよくわかる。ビルに大きな亀裂が入り、倒壊寸前になっていて、周辺には警察やら消防やらが集まって大騒ぎだ。
「一応言っておくけど、誰も殺してないよ? そこはちゃんと加減したから」
「……加減してあの破壊規模なのか?」
「急いで着地したから、ちょっと派手に壊し過ぎたところは反省しなきゃね。これで余計に天使から目を付けられる羽目になった」
やっぱりこいつ、規格外すぎるだろ。まさに歩く災害だ。むしろよく今まで大人しくできてたな。
「それにしても気になるなぁ。あの子は一体何者だったんだろ? 風見君は何か知ってるんじゃないの?」
「……さあ? 俺は何も」
「本当かなぁ。他人だったらあそこまで必死に庇わない気がするけど」
「………………」
「黙秘か」
背中越しにではあるが、赤牙がその牙を剥きだしにして弾けるような笑顔を見せたのを感じた。
「聞かないであげるからさ、もう一回血を吸わせて?」
「え、いや、これ以上は……」
「大丈夫大丈夫、ちゃんと安全な範囲にするから」
「でも、今日飲み過ぎたら明日までに回復しないぞ?」
「ふうん、じゃああの子についてもう少し詳しく聞いた方がいい?」
クソ、人間の感性をほとんど理解していないくせに、血を吸う時だけ勘が冴えやがる。どこを突けばもっと血をせびれるか直感的にわかるんだろうか。
「わかったよ……でも、マジでちょっとだけな! 明日も血を吸いたいなら本当に少しにしてくれないと、命に関わるから!」
「わかってるわかってる!」
耳元で、赤牙の乱れた息遣いが聞こえてくる。
「え、まさか、ここで吸うの?」
「がぷっ」
「ぎゃああああああああああああああああああああ! ちょっ! 空中は流石にマズイって! 手を滑らせて落ちたらどうすんだ!」
「はいひょふはいひょふ」
「大丈夫じゃない!」
街の遥か上空で喉が枯れるまで叫んだ俺は、その後結局干からびる寸前まで吸い尽くされた。
途中で何度か気を失いそうになったが、なんとか無事に地上に帰還することができた。
「家まで送ってあげようか?」
「………………いい。自分で歩くから」
飛んで送ってもらうのも悪くない提案だとは思った。しかし赤牙を家まで案内してしまうのは流石にマズイ。特に今日は最悪だ。
赤牙はしつこく送迎を提案したが、それをどうにかこうにか断り切り、俺はふらつく足取りで帰路に着いたのだった。
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