第13話 魔法少女と吸血鬼

 突然の告白だった。女子から告白を受けるのは、これで一日ぶり二回目だ。そのどちらも相手はかなりの変人だが。


「なんで……いきなりそんな話になるんだ? 付き合うだなんて……」

「逆に聞くけど、あんたはあの女のことが好きなの?」

「好きではないかな。別に」


 それこそ好きになってしまえば人類滅亡の危機なのだ。間違っても惚れるわけにはいかない。


「だったらあたしと付き合ってもいいよね?」

「だから、なんでそんな話になるんだよ!」

「じゃあ、あの女と別れるだけでもいいよ」

「でもいいよって……」


 そうしたいのは山々なのだが、そう簡単にはいかないのだ。なにせ赤牙は全人類を人質に取っているんだからな。


「それならやっぱりお前が何者なのかちゃんと説明してくれよ。知らない奴にいきなりそんなこと頼まれたって困るだけだろ」

「うぐ……それは……そうかもしれないけど……」

「あの、一応私としては、あまり無暗に正体を明かされると困ってしまうので……」

「あんたはちょっと黙ってて!」


 魔法少女は横から割り込んできたマスコットに空手チョップを食らわす。あの小動物に痛覚があるのかどうか不明だが、短い悲鳴を上げながら大人しくなったことは確かだ。


「……あたしも隠し事してるのに、あんたにだけ話させるってのは筋が通らないか」


 彼女は少しの間悩んでいた様子だったが、やがて意を決したように顔を上げた。


「あたしの正体を正直に話せば、あの女のことを正直に教えてくれる?」

「……そうだな。お互いに秘密を明かすって条件なら、話してもいい」

「約束したからね?」


 ほんのりと潤んだ目でジッと見つめてくる魔法少女。周りを巻き込みたくないし、本当はあまり話したくないのだが、そんな目をされてしまえば仕方ない。

 中途半端に首を突っ込まれるよりは、ちゃんと説明した方がマシだろう。きっとお互いに。


「じゃあ、あんたから話して」

「……いや、お前から話せよ」

「なんで? どっちにせよお互い話すならどっちが先でもいいじゃん」

「どっちが先でもいいならお前が話せ」

「嫌だ」

「嫌ってなんだよ。絶対自分だけ話さないつもりだろ」

「そんなわけないじゃん。ちゃんと話すし。だって約束したじゃん。そっちこそあたしが信用できないの?」

「ああ信用できないね。そっちからこの約束を持ち掛けたんだから、そっちが先に話せ」

「ダメ。お兄ちゃんが先!」

「なんでだよ。別にお前が先でいいだろ! ………………ってかお前、もう語るに落ちてるだろ」

「…………へ?」


 魔法少女が素っ頓狂な声を上げて首を傾げたのと同時に────遥か上空から何やら黒い物体が落ちてきた。


 それが屋上に着地すると、衝撃で建物全体が大きく割れ、辺り一帯を天地がひっくり返るかと思うほど激しく揺さぶる。


「────見つけたよ」


 一瞬、爆撃でもされたのかと思った。恐らくそれと同等くらいの衝撃ではあったと思う。

 しかし、落下物の正体は爆弾ではなかった。黒髪で、赤目の女子高生。一応は俺の彼女ということになっている赤牙茜だ。


「なっ……⁉ さっきのクソ女……⁉ どうやってここに……」

「吸血鬼の視力を舐め過ぎじゃない? こんな近場じゃすぐ見つけられちゃうよ。私から逃れたかったら地球の裏側まで逃げるべきだったね」

「吸血鬼……⁉」


 魔法少女は赤牙の姿を見た。黒い羽が生え、目が赤く発光し、鋭い牙が剥き出しになった姿だ。


「冗談でしょ……? 吸血鬼って……」

「マホさん! アレはヤバいですよ! 一度逃げましょう!」


 非力なマスコットが懸命に、困惑している魔法少女のスカートの裾を引っ張っている。しかしその警告は魔法少女の耳には届いていない様子だ。


「逃がすわけないでしょ。せめて味見くらいは────」

「待て! 赤牙!」


 俺は咄嗟に体を起こし、赤牙の背中に飛びついた。


「ちょっ! な、なに⁉ 危ないよ!」

「い、一旦落ち着け! 頼むから! な? な?」

「いやいや、あの子が逃げちゃうって! 君を攫った誘拐犯だよ? ちゃんと痛い目を見せておかないと!」


 全身全霊をもって赤牙を羽交い絞めしているつもりなのだが、彼女からしてみればハエが止まった程度の感覚だろう。少し力を入れるだけで俺の全身はバラバラになるはずだ。


 しかし、だからこそ彼女は動けない。俺を傷付けてしまえば、極上の血を求める彼女の夢が遠のいてしまう。貧弱な俺にできる最大限の抵抗だ。


「何? やっぱあの子知り合いなの? 大丈夫、殺したりしないって。ちょっと血を吸うだけだから」

「今の内に早く!」


 全然大丈夫ではないことを言っている赤牙を何とか抑え込みつつ、大声を張り上げて魔法少女に呼びかける。


 その声でようやく我に返ったらしい魔法少女は、少し躊躇いつつもステッキを取り出して、その先端を光らせた。


「マジカルワープ!」

「二度も同じ手は通じないよ!」


 赤牙は背中に引っ付いた俺の足を持ち、強引に背負い上げる。足の踏ん張りがきかなくなり、赤牙をその場に留めることができなくなってしまう。


「それなら……ッ!」


 手足をどれだけじたばたさせても、赤牙の動きは止められない。やけくそになった俺は、彼女の首筋に思い切りかぶりついた。


「ひきゃっ!」


 普通の女の子みたいな悲鳴を上げてよろめく赤牙。その隙に魔法少女のワープは完了したらしく、彼女の姿は跡形もなく消え去っていた。

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