邪悪を滅する魔法少女系ヒロイン

第9話 兄妹の秘密

 家に帰った俺は、玄関でうずくまって長い息を吐く。


「未だに実感が湧かねぇ……なんでこんなことになったんだ」


 靴ひもを解くことすらとんでもなく煩わしい。靴ごと強引に足から引っこ抜き、無造作に放り投げると頭を抱えた。


「どうしたものかな……」


 これから毎日赤牙に血を吸われることになれば、体力的にも気力的にも持たない。どうにか対抗手段を考えなくてはなるまい。


 だが、あの怪物に一体どう立ち向かえばいいのだろう。見た目は美少女だが、中身は正真正銘の大量殺戮兵器だ。自称核も効かない吸血鬼に傷をつけようと思えばどうすればいいというのか。


「……よし、逃げるか」


 散々逃げるなと言われたが、もうそれしか手はない気がする。だって戦っても勝ち目はないし、このまま血を吸われ続けてもロクなことにならない予感しかしない。


「いや、でもなぁ……それは流石にリスクが……」


 どうすべきか悩みに悩んでいたその時、俺の肩に真っ白な手が置かれる。


「ぎゃあああああああああああああああああああああっ!」


 突然背後に現れた気配に恐れおののき、ひっくり返って靴箱に頭から突っ込んだ。


「────いや……何やってんの?」

「え……? なんだ万穂か……」


 逆さまになった視界の真ん中には、見慣れた妹の顔があった。


「帰り遅くない? 何してたの?」

「……血を吸われてた」

「は? 献血?」

「そんなとこかな」


 吸血鬼に献上するという意味では献血かもな。実際は人助けどころか、人類滅亡級の怪物が誕生するのを手助けしているだけなのだが。


「あんた、そんなのやるタイプだっけ?」

「そんなのって何が」

「だから、その献血とか。そんなボランティア精神に溢れてたっけ? 町内会のゴミ拾いだって参加したことないじゃん」

「それとこれとは話が別だろ」

「ご近所さんに白い目で見られないように、私が代わりに参加してるんだけど?」

「それはまあ……うん」


 俺はバツが悪くなって目を逸らす。


 彼女は風見万穂かざみまほ。俺の妹だ。両親が海外で働いているので、ここ二年くらいは俺たち二人で、この一軒家で暮らしている。

 まだ中学二年生なのだが、母親が長らく家を空けているせいなのか、段々言動が母親染みてきている気がする。


 二歳年下の妹なのだから、もっとワガママで傍若無人なくらいが普通なのだと思うのだが、万穂は俺と顔を合わせるたびに親みたいな説教をしてくる。もはや兄の面目など丸潰れだ。


「え、なんか顔色悪くない?」


 万穂は俺に顔を寄せ、不思議そうに首を捻る。


「ん? まあ、ちょっと多めに血を取られたから……」

「献血ってそんなに血取るの? 有り得なくない? よく知らないけど、ちゃんと健康とかに気を付けてやるものじゃないの?」

「それはそうだと思うけど……」

「何? あたしに何か隠してる?」

「隠してない隠してない!」


 俺は必死に首を横に振って否定した。


 万穂に赤牙のことを知られるのは非常にマズい。話が拗れる未来しか見えない。ここはなんとか誤魔化してやり過ごさなくては。


「あぁ……えっと、ほら、アレだよアレ」

「アレって何」

「うーんと……あの……その……だから、ほら。ちょっと調子悪い日もあるだろ。毎日いつだって顔色がいいわけじゃないんだ。そういう日もある」

「体調が悪いってこと?」

「そう! そんな感じ!」


 誤魔化せてるのかこれ……? とにかく吸血鬼の存在に勘付かれなければ何でもいいんだが、果たしてこれで上手くいっているのかどうか。


「と、とりあえず俺は疲れたから……もう寝るわ」

「は? ご飯は?」

「もう食べたから」

「食べたってどこで? ちゃんと用意して待ってたんだけど」

「え、ごめん。でもマジでお腹一杯なんだ。明日の朝にでも食べるからラップかけて冷蔵庫に入れといて」

「……なんで外食なんかするわけ? するならするで連絡するのが普通だよね?」

「ごもっともなんですが……」


 吸血鬼の家に行ってたら、妹に連絡することをすっかり忘れても仕方ないだろ。むしろ不用意に、赤牙の前で万穂に連絡する方が怖い。


「悪い、本当に! 本当にお腹一杯だから! なんかもう、喉の奥の方から胃酸の味がするから!」

「胃酸? 吐きそうになってない?」

「なってないなってない! 元気モリモリ! でも疲れたから寝るわ!」

「いやどっち? ってか、明らかに様子おかしいよね? 何かあった?」

「だから何もないって! 何もなさ過ぎて退屈過ぎるくらいだから。じゃ、俺は部屋に行くから!」


 俺は万穂の横を擦り抜け、廊下を駆ける。


「その前にちゃんと手を洗って!」

「あぁ、はい」


 二階へ向かおうとしていたところに急ブレーキをかけ、直角に曲がって洗面所へと向かった。




 風見恵太が去って、玄関に一人取り残された万穂は怪訝に眉を寄せていた。


「怪しい」


 生まれてからずっと一緒に生活しているのだ。兄の性格はよく知っている。嘘を吐く時や、緊張している時、とにかく余裕がない時に彼はやたらと饒舌になる。ちょうど今みたいに。


「絶対あたしに何か隠してる」


 万穂の目が鋭く光る。それはさながら、真実を追求する探偵のような決意に溢れていた。


「調べないと……あたしに隠し事なんて絶対に許さないんだから」

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