第51話 ダブリン市民の憂鬱  6


 だから、サーシャは、「説明も何も、端からこの子がいたんだよ」と言うと、「嘘だ」という空気が流れた。

「いや、そこの旦那さんが、男装をさせて楽しもうという魂胆で、無理やりあのようなカッコをさせられていたんですよ」


「おい、本当に女なのか」と、ある警官がヴィレムに尋ねた。

「はい、ボ、私は女です……」と言うヴィレムは、なんとなく女に見えた。


 ここで、“なんとなく”とは、“間違いなく”とか、“美しい”とか形容は出来ないが、女と言われたら、まあ、女だという程度には、女だ!


 すると、

「じゃあ、証拠を出してもらいましょうかな」と、ある警官が笑いながら言った。

 だから、サーシャは、

「まさか、破廉恥なことを誇り高いアイリッシュたる者がしようというんじゃないだろうね」と、声を上げてしまった。

 そこには沈黙が訪れた。


 警官の言いたいことはサーシャには伝わっていた。

「娼婦が『破廉恥』とは」とでも言いたいのだろうと。


 だから、誰も話し始めなかった。


「私が、この子の着替えを手伝ったんだ。その時に、女だと確認はしているさ」と、サーシャはヴィレムが女だと言った。


「いや、うちの女性職員に確認させよう。誰か呼んできてくれ」と、リーダーの警官が言った。


 すると、ヴィレムは面倒とでも思ったのだろう。

「少しはしたないですが」と言うと、スカートを捲り、ドロワーズを見せた。


 ヴィレムの脚は美しかった。それは男の足でなく、少女の美脚であった。

「おう」と感嘆の声を上げる警官たち。

「ヴィレム……」と、ファースも喜んでいる。


 リーダーは咳払いをした。

「そんな一瞬で誤魔化されても、困りますぞ。女性警官はいるか」


 サーシャもヴィレムも、心の中で舌打ちをしたのだろう。

 顔が歪んでしまったようだ。


 その後、呼び出された女性警官は宿直でもしていたのだろうか、眠そうだった。

 訳を聞いたその警官は、ヴィレムを別の部屋に連れて行った。

 サーシャも付いていくことにした。


 しばらくして、三人は戻って来た。

「はい、間違いなく彼女は女性です」と、女性警官は言った。


 それを聞いたサーシャの顔からは笑みが消えることはなかった。


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