第40話 花問屋の店主
まあ、警官隊の隊長も、あまり気の進まない仕事だったのだろう。
さっさと、船から降りてしまった。
その後を苦虫を噛み潰したような顔をした警官が続いて降りていく。この警官は麦を見つけたといった男だ。
海上警官隊が引きあがるのを見て、ジョルジェットが部屋で叫んだ。
「ローズマリーの奴めッ」と。
さて、デッキの上での立ち話もということで、船長室へローズマリーは呼ばれた。
「掛けてください、会長」
「お久しぶりですね、ハインリッヒ船長」
「あっ、ヴィレム。ドロアテに頼んでお茶を」
「はい、わかりました」
そして、お茶も到着し、落ち着いたところで、船長は聞くことにした。
「ローズマリー会長、どんな手品を使ったのでしょうか」
「フフッ」と、ローズマリーは笑った。
そして、続けた。
「大したことは無いわ。麦が入った袋は海の中に放り込んだのよ。そして、あらかじめ用意しておいた紫蘇の種を取り出しただけよ。私の鞭捌きなら不可能は無いわ」
「おおぉ」と、船長室にいた船長を始め、航海士たちは感嘆の声を上げた。
「それにアインス商会の麻袋なら、いくらでも頂いておりますからね」
「そうでしたか、本当にありがとうございました」
「出港は何時に?」
「三時間後です、四時間後に到着する船があるようです」
すると、ローズマリーは、素っ気なく、「そう……」と返答し、少し考えてから言い始めた。
「隣は軍艦ね。次に入って来る船も軍艦ではないかしら。軍艦が別々の突堤にというのもおかしいじゃない。となると……」
ハインリッヒ船長も、一等航海士のファースも、ヴィレムも唾を飲み込んだ。
「つまり、四時間後に来る船は、貴方達を追いかけてきた軍艦でしょうね」
ヴィレムは、「船長ッ」と言うと立ち上がった。
「早く出港しないと……」と、ファースが言うと、なんと、隣の軍艦が出港準備に取り掛かっているのが分かった。
「港では騒動が起こせないので、海の上で何かをしようということね。海の上では手を貸せないわ。私たちには船は無いもの。さあ、早く出港することね」
そう言うとローズマリー会長は立ち上がり、帰るようだ。
「あッ、お茶。ありがとうね」と、会長はヴィレムに手を振った。
ヴィレムは美人の会長に手を振られて、思わずデレデレと照れてしまったようだ。
こんなところをジャスミンに見られると、なんか言われそうなので、ヴィレムは辺りを見渡した。
「よし、ジャスミンはいないぞ」
その頃、ジャスミンはデッキから海に向かってリバースをしていたので、デッキの手すりに干された布団のように、くの字になっていた。
そこに通りかかったローズマリーが、ぴしゃりと尻を叩き、「しっかりしなさい、すぐに出港するわよ」と言うものだから、ジャスミンは、何故、自分が尻を叩かれたのかよくわからなかったが、「あ、貴女は誰なの」と、つい口にしてしまった。
「わたし? 私は花問屋の店主、ローズマリーよ」と言うと、会長はタラップから降りていった。
「ローズマリーめ、余計なことを」
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