第29話 名刺
「では、私はテスト航海の日程と航路を決めるので、ドーバー港へ行く。乗船するものは、航海の準備をしてくれ、半年以上は戻って来れない」と、支店長が言うと解散となった。
さて、ヘニーは、例の名刺が気になっていた。
名刺には住所と名前の他にも、フランス語で何やら書かれていたが、ヘニーにはよくわからなかった。
おそらくは、社名と事業内容だろう。
この住所地に行って、この心の霧が晴れるわけでもないが、いつの間にか足が向かっていた。
しかし、いざ、事務所のドアの前に来るとノックするのを躊躇われた。
「ここに来て、どうなるってよ。オレが船長になれる訳でもなし、船から降りれるわけでもなし」
ヘニーの足が半歩下がろうとした時、図ったかのようにドアが開いた。
「おや、これは。先日の……」
「ヘニーだ」
「もちろん、覚えておりますよ。この海事事務所のパトリック・リゴーです。パトリックとお呼びください」と、男は言うとヘニーを事務所の中に入れた。
お互い椅子に腰かけると、ヘニーから話しかけた。
「先日の話なのですが……」と。
「はい、うちの商会の船乗りになってくれるというのですか」
「えぇ、船長の枠はあるということでしたね」と、ヘニーは言い難そうだ。
「すぐにという訳には行きません。と言いますのは、アジアに買い付けに行くことになりまして。船は、もう用意出来ておりますので、来週にでも出る予定です」
ヘニーは、遅かったと思った。船の準備が出来ているということは船長は決まっているということだ。
「そうでしたか……」
「ヘニーさんは、ティーレースに参加するとか言っておられませんでしたか」
「いや、その『副船長』として……」
「そうでしたか。会社の連中に実力を認めさせたいのですね。貴方は」
さらに、パトリックは言った。
「今の船長より、良い仕事は出来ますか」と。
その時ヘニーは、先日のアメリカでの一件を思い出した。船長が降伏した時のことを。
「オレなら闘える」と、そうヘニーは言うと、「もちろんだ」と返答した。
「では、ティーレースの航路を教えてください」
「インドのムンバイ経由だ。清国では福州に入る」
「なるほど、では、私たちはクリッパー船ではありませんので先に立ちます。ムンバイでお会いしましょう。ここに来てください」と、ムンバイの住所を渡された。
「今の船長は、必ずこのティーレースに失敗します。その後、私たちのところへ来ればよいのです。貴方は」
「では、インドでお会いしましょう」と言い、二人は別れた。
ヘニーが帰った事務所では、別の部屋から女が入って来た。
「ふん。パトリックって、誰だい。ピエール?」
「クレマンティーヌ様」と、二人はいつまでも踊るように笑い合っていた。
***
「オレは、オレは、船長になれる。船のことは、船の司法権はオレが決めることが出来る。船員の報酬もオレが決めることが出来る。弟分のヴィレムもあの海事会社に連れて行ってやろう。そういえば、海運会社を買収するとか言っていたな。どこの国の会社だろうなッ」
と、ヘニーはロッテルダムの街中を足早に帰宅するのであった。
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