第33話 テムズ川の悲劇 2

 

 ヘニーは思った。


 アメリカで降伏した船長なら、ここは停船だろう。


 しかし、停船をすれば積荷が奪われる。ムンバイで売るものがなくなるということは、手形の裏書の譲渡も成立しなくなり、我が商会の面目が丸つぶれだ。

 ロッテルダム支店が潰れるか、アムステルダム支店に吸収合併されるのではないだろうか。


 しかし、不思議なことに、何故、この時間に海軍がいるのだろうか。

 早朝の混雑は、まだ終わっていない。

 だから、テムズ川が混んでいるので、引き返せないということか。

 それは、この船だけを狙って?

 この船に高価な医薬品があるとわかっているようではないか。


 この船が8時に出航することを知っているのは、船員と港湾事務所とその管制担当……

 それともう一人、パトリックだ。

「まさか、それはないよな。それは……」



 その時、ファースが叫んだ。

「船長、軍艦からの通信はありません。どうしますか」

 ヘニーは、停まるのだろうと思ったが、

「突っ込む。度胸試しだ」

「えっ!」

「この船は鉄でできている。奴らの船よりも固いはずだ」

「しかし、修理している時間はありませんし、海軍と揉めるのは」

「下流の島伝いに進むことも可能では」

「それは、包囲される。過去の事例が示している。正面しかない」


「なら、船長。総員、戦闘態勢に入れ」と、ファースは叫んだ。

 ヘニーはそれに驚いた。

「おい、ヘニー。戦闘態勢だ」

「……あっ、船長。了解しました」



 三隻の軍艦は、クリッパー船から見て、"右向き”、つまり大陸側を向いていた。

 当然である。

 クリッパー船は大陸側を通り、大西洋に出るのだから。


「よし、一番左の船を狙え。その後はエディンバラに抜ける」

 誰もが驚いた。

 南に行くはずなのに南ではなく北に向かうと。


「どのみち、奴らはイギリス海峡に、もう一つか二つ、罠を仕掛けているだろう」

「なら、政府と相性の悪いスコットランドへ行くということですか」

「まあな。それに、アイルランド島の西か東かどちらを通るかわかんだろう」

「う~ん、ボクなら東回りですね」

「ヴィレム、それはさらに遠回りになるのでは」

「でも、広い大西洋にいきなり出るわけですから。もう、追跡は出来ないと思います。この船は快速帆船ですから」

「なぁるほどなぁ」と、ファースは笑うのであった。


「では、左の軍艦に突っ込みます」と、操舵手のカスペルは言った。

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