第24話 ベルギー人ですか


 ヴィレム達が、ライン川を急いで下ろうとしていた頃、日も傾き始めていた。


 ロッテルダム支店では、その日の仕事を終えた従業員が酒場で酒を楽しんでいる。


「あぁ、オレも大型船の船長をやらせて欲しい。そろそろ、そういう時期だろう。そう思うよな」

 その言葉はヘニーだ。

 小型船の船長は務めたことがあるが、大型船では副船長の役目までだ。


「次の航海で副船長なら、もう他社へ行くことも考えないと」

「ちょっと、ヘニーさん。何を言っているんですか」

「あぁ、すまん。今日は、これぐらいで帰るわ」

 そう言うと、ヘニーは酒場を出て行った。


 しかし、そのまま帰宅することは無く、別の酒場で一人で飲み直すことにしたのだ。


「うん。仲間といると愚痴が多くなってイケない」


 そこに、男女二人が寄って来た。

「隣りは良いですか」と。

「あぁ、良いよ」と言うと、ヘニーは、さらに付け加えた。

「ベルギーだ」


 二人は「はっ」としたようだ。

「ベルギー人だ。船乗りはニオイで分かる」

「さすがですね。お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか」

「ははは、オレの名前なんぞ聞いても、誰も知りゃあしない」

「いえいえ、逆ですわ。これから有名になるかもということです。だって、一目見ただけで出身地が分かるなんて、素晴らしいですわ」

「ああ、そうだとも」


 そう載せられてヘニーは良い気分にでもなったのだろうか。

「アインス商会のヘニー一等航海士だ」

「ヘニーさんですか。実は、私たち、海運業者を買収する予定なんです」

「へぇ、あまり感心しないね」

「あら、どうしてかしら」


 二人の男女は、海運業者の買取の話を続けた。

 そして、男が言った。


「ヘニーさん、貴方なら良い"船長"になれますよ。うちに来ませんか」

「はっ!? な、何を冗談を言っているんです」

「船長になる気は無いのですか。それなら仕方がないですが」と、男は少し大きな声になった。


「いや、まあ、いきなり今日、出会った人からそう言われましても」

「そうですか。私たちは、しばらくアジアへ行く予定です。いつ、お会いできるか……」

「そうですわ。今が、決断の時ですわ」


 ヘニーは、自分が酒で酔っているのはわかっていた。

 酔うと言っても、へべれけでなく、冷静な判断をするのに適していないと言う意味でだ。

 なので、ここは回答すべきではないと判断はしているが、何故か、自分の欲していることを初対面の相手から言われると、

運命の出会いではないかと思えてしまう。

 だから、下を向いて考えているのだ。


「まあ、アインス商会のお仕事を満足されているのですね。なら、貴方、仕方がありませんわね」

「あぁ、でも、もし気になるのなら、ここへ訪ねて来てください。あるいは、手紙でも」と、名刺を渡された。

「わ、わかった……」


 そう言うと、二人は行ってしまった。


「クレマンティーヌ様は、『ベルギー人』でしたか」と、男が女に尋ねた。

「バカおっしゃい! 私はれっきとしたフランス人だよ。フランス人」

「ベルギーもフランス語を話しておりますので、間違えても仕方がないかもしれませんね」

「ふん。あの男は大馬鹿野郎だね」と、言うと女は踊るように笑った。



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