第56話 閑話休題 クリスティアーネの誓い 5



 私の元にかけてきた男とは、なんと、私の初恋の相手、バーナー・シュバルツだった。


「イリーゼ様からのプレゼントで御座います」と、アガーテが言った。ということは、こいつは、知っていたのだな。楽しんでいたのだな。


 チクショウ!


 しかし、正直、今の自分の姿を見せたくなかった。


 この男の前では、良いカッコを付けたかった。


 負傷し、うなだれ、また、実家は解体され、今や伯爵嬢ではない。

 バーナーに会うまでは、そんなことは、覚悟も決めて戦場に向かったはずだが、落ちぶれた自分を見せたくなかった。


 プレゼントどころか、ムチを打たれているような気分だ。

 だが、出来る男のバーナーは、私の手を取り、「辛かっただろう、ここではオレがミーナを護るよ」と言うと、アガーテが舞い上がっていた。


 なので、「当然ですわ」と、憎まれ口を叩くのが精一杯で、これ以上は何も言えず、病院内にも関わらず泣いてしまった。


 デカい女が、めそめそと泣いているので、かなり目立っていたのだろう。


 その後、治療を受けることになったが、ロッテルダムのクリスティアーネから治療費用が送られてきた。

 気にせず使えと、書いてあった。

 彼女としても、辛いのだろう。傷を負わせたのが、自分の実家なのだから。

 なので、ここは遠慮なく使わせてもらうのが良いと判断し、大事に使わせて頂くことにした。


 それでも、完治とは程遠く、痛みは緩和したが、動かすことには不自由している。


 すると、バーナーから、

「ミーナ、もう一度、考えてほしい。オレとシュバルツ商会を……オレと共に来てほしい」と。


 そう、若き日、彼から同じように求婚された。

 あの時は、断腸の思いで断った。

 使用人のアンナと二人で泣いた。

 なぜなら、船員達を故郷に送らなくてはならない。実家のことも心配だ。


 だが、今は違う。


 もう、海賊の船長でもなく、伯爵嬢でもない。


 だから、私は、

「わかったわ。よろこんでお受けします」と、答えた。


 あぁ、イリーゼさん、ありがとう。

 クリスティアーネ、ありがとう。


 そして、

 肩の怪我よ、ありがとう。




第五章 アイルランド島 完

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ティー・クリッパーの女王 師走とうか @SHOTARO_INOUE

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