第49話 ダブリン市民の憂鬱 4


「あ、あ、あのボク……」

「???」


 そして、しばらくして……



 娼婦は、大笑いした。

 さらに、笑い続けた。


「じゃあ、なんだい、あのファースって男は、それで警察署へとは」

「このことは、内密にして下さい」

「良いけど、あのファースって男が、困るだろうさ」

「それも、仕方がないかと」

「まあ、そうなのかい」


 しばらく、二人は話し込んでいた。

 娼婦にとっては、本業の何よりも、こちらの方が特別サービスらしい。

「あぁ、私の名前はサーシャ、ボクの名前は?」

「ヴィレムです」


「サーシャさんは、ここは長いのですか」

「そういうことは聞くものじゃないんだけどね。二年ほどだよ。実家はジャガイモ農家さ。不作でねぇ。口減らしにダブリンにやって来たのさ」

 そういうと、サーシャは笑い出した。それは、おかしいのではなく、悲観的な笑いであった。

 もう、どうすることも出来ないというような。


「まだまだ、ジャガイモの不作は続くだろうから、何か考えないとね」

「サーシャさんは、何かやりたいことでもあるんですか」

「昔は、あったような……忘れたよ」

「そんな……」

「うん、覚えておくと良いよ。ここ、ダブリンは

、こんな憂鬱の街だよ。ブリテンが来なかったら、ジャガイモでなく、麦を食べて生活をしていたさ。牛も山羊も飼って、こんなことにはならなかったさ」


 さらに、彼女は続けた。

「他国からの支援もヴィクトリア女王より多額の支援金だから、政府が断ったと聞く。ブリテンの奴らは、まったく」


 これは、ジャガイモ飢饉の際、オスマン帝国が一万ポンドの支援金を申し出てくれた。

 だが、ヴィクトリア女王が二千ポンドなのに、多額過ぎると政府が断ったため、千ポンドしか支援出来なかったのだ。


 しかし、実際は、オスマン帝国が機転を利かせ、別名義で支援された模様。


 サーシャ。

 すなわち、“自由”という名前を持つ彼女は、ものすごく不自由な世界に生きている様に、ヴィレムは感じたのでした。

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