間休話6 Mother Egg

「やろう…食ってやがるっ」


 激しくアラームが点灯する戦闘艦の船内で男は、どこか悲鳴にも似た声で人知れず叫んだ。


「こちらストームナイン、対象は手当たり次第に衛星を吸収している。推進器の類はないように見えるが、慣性のみで遊泳している訳じゃない。衛星と衝突しても食い散らかして、悠々と同じ方向に進んでいる」

『ストームワン、了解。ストームナインは引き続き、警戒に当たれ』

「ストームナイン、了解」


 ストームナインと呼ばれた男は、全長16mの一人乗り戦闘艦の中で冷静さを保っていた。特務隊に所属してから早くも二度目の緊急発進を迎える事になってしまったが、それでも二度目と言う事もあって他の新人と比べて落ち着いていられた。


 それでも約100km先の不可解な存在に対して、這い寄る恐怖はジワジワと心に広がっている。


「何なんだ…あの化け物は」


 対象が最初に観測されたのは、42番セクター外縁部付近の92番コロニーに接近する姿だった。


 そのコロニーでは数日前にコモコカンパニーの代表の一人娘、ルミナルス・クリタリア女史(10歳)の誘拐に伴う大規模なテロ事件が発生したことで注目が集まった。事件が解決しコロニーが落ち着きを取り戻した後も、実行犯の一人が逃げ出した事で警戒が続けられていた。


 そんな警戒中の巡視任務に就いていた治安部隊の巡視船が、コロニーに接近する直径20cm程の金属の塊を発見した。


 始めはただ融解した金属の塊が流されてやって来たのだろうと思われていたが、その認識は直ぐに正される事とになった。


 コロニーの住民にはあまり知られていないがコロニーの周囲というのは意外とデブリゴミが多い。これは宇宙港に立ち寄る船が原因で、接岸時に船体が擦れて出来るスラッグや破損した細かな部品が漂っていたり、コロニーへの持ち込みが禁止された物が入ったコンテナを土壇場で放出したりと原因は多種多様だ。港周辺をそんな状態で放置できないコロニー側は、定期的に掃除屋を雇って掃除をさせている。


 奴は浮遊するデブリに接触するとそのデブリを吸収し、成長。それを何度も繰り返すことで肥大化し、現在の大きさは1mを超えるも現在進行系で成長を続けている。


「こちらのストームナイン、報告だ!」

『了解、ストームナイン。状況を』


 眺めていた監視対象が急に進路を変えて、コロニーから遠ざかり始めたのだ。


「監視対象が進路を変更、コロニーから遠ざかる様に移動中」

『何があった?』

「判りません…掃除屋のミサイル攻撃以降は監視のみでしたが、デブリ以外の物理接触は確認できませんでした」


 掃除屋の放ったSWミサイルはコロニーとの距離を考慮して、衝撃波を作り出しデブリを吹き飛ばす用途に使われる掃除道具の一つ。ミサイルが破裂してガスが飛び出し、生み出した衝撃波が物質を遠くへ弾き飛ばす。ミサイルの為に掃除道具にしては高価だが、宇宙船の押し出しや緊急時に小惑星帯で利用される事もあって常備している宇宙船は少なくない。


『報告にあった「餌やり」か…まさか攻撃を仕掛けて効かないどころか成長の手助けになるとはな……分かった。観測を続け、新たな進路を割り出す…それまでは対象と適切と思われる距離を取りつつ警戒を怠るな』


 奴はそのミサイルをただ吸収した。まるで食事が目の前に運ばれて来たから、受け取って食事をしたとでも言わんばかりに。


 掃除屋は数度同じようにSWミサイルを発射したが、そのたびに金属球に吸収され望んだ効果を発揮することはなかった。その後、報告を上げた掃除屋は、その様子から「餌をやっている様なもの」と語ったらしい。


「ストームナイン、了解」


 対象との適切な距離と言われた所で、これまで未発見の物体である金属球との適切な距離など分かるはずがなく、結局のところはフィーリングに頼る他ない。


「このまま直進すれば…どこだ?」


 金属の塊が向う行き先を創造した男の額から、一筋の汗が流れた。


 

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