第3話 お金の話
取調室から飾り気のない無機質な廊下に解放された私は、長椅子に腰掛けるケンさんを見留めて声を掛けました。
「そりゃ、罠だな…」
「罠、ですか?」
取り調べから解放された私は、先に取り調べを終えて待ってくださっていたケンさんにクレジットの相談をしたのですが、そのケンさんから返ってきた言葉が「罠」でした。
「奴らの目的はブラック・ローズって機体だろうな。…だから借金作らせて売らせようって腹だ」
「そんな…」
わざとらしく驚いてみせますが、そんなところだろうなとは考えていました。どうもこちらの銀河系では、ユニティブもとい人型の機動兵器は実用化されておらず、技術的には可能だが手足を生やす利点が薄いと見送られ続けているのだとか。
ブラック・ローズの様な人型機動兵器は完全に趣味に走った一品物として扱われ、乗り込めるロボットが大好きな好事家からは熱烈なラブコールを受けるだろうというのがケンさんの見解で、てっきり
「とりあえず事実無根の理由で要求されている保護費は取り下げさせるか…」
そう言って長椅子から立ち上がったケンさんは、見積を計上したガーランドを絞り上げて警察組織に引き渡していた。
「おお…」
「これで要求額はぐっと減って、六万一千だな」
「ところで」
「ん?」と振り向いたケンさんわ近くに手招きをして、そっと小声で「一クレジットあたりの価値はどれくらいですか?」と辺りを警戒しながらお聞きします。
「ああ…そうだな」
相場を思い出しているのか気だる気な声を発しながら、小声で銀河のお金事情を教えてくれました。
この銀河系では共有貨幣、クレジットを用いて取引っています。貨幣と言っても電子上のお金で、一クレジットあたりの相場は、加入国の都合で毎秒細く変動しています。それでも価値は平均して大きな変動が無いように、加入国の人が交易センターに派遣されているそうで、どこかの国だけが得をすることがない公平な価値を導き出しているのだとか。
母国の通貨を持たない私は一クレジットが最小単位になるので、価値とか関係ないだろうと言われてしまいました。
シーリングの一日あたりの食事代が、二百クレジット前後らしいので六万千クレジットはシーリング換算で、やくか三百五日分の食事代となります。シーリングは割と大食らしく、一般的なガーランドだと年収よりやや低い位の金額だそうです。
「大金じゃないですか!?」
「そら、ID発行してターミナル買えばなぁ」
「ターミナルってそんなに高いんですか?!」
「…あー…ターミナルつうのは、金持ちが身体にナノマシン入れたくねぇつって創られたヤツだ。ナノマシンの代わりに同じことが出来るってだけのな」
そう言われると無駄な買い物をさせられたように感じますが、私の身体にはナノマシンが機能する余地が無いでしょうし、結局のところは必要になったことでしょう。最終的にはデータ化して
「しかし、クレジットですか…」
「支払い期限は百サイクル…まぁ妥当な期間だな」
ブラック・ローズの待つブロックを目指して港を歩きながら、急に必要になった
「最低でも一サイクル二千クレジット稼がねぇと、あの機体を置く場所も借りられねぇぜ?」
「あ、そうでした最小ブロックが
歩き続けてエントランスエリアに出ると多数の案内板が天井からお出迎えです。宇宙なので天ではないかも知れませんが、人工重力によって上下がしっかり把握できるので天井でもいいでしょう。
「いや、サクヤさん。俺の救助で軍から十万クレジットは出るだろ。宙賊の戦闘艦を二隻か…撃墜させたんだ。そっちの賞金も出ると思うぞ?」
「え、ホントですが?」
ケンさんはアルフォリアからの命令を受けて
私の方が助けられたような気がしますが私の功績を低く見積もっても、任務失敗になるケンさんの評価は変わらないので貰えるだけ貰っておけと豪快に笑っておられました。
「とはいえ毎サイクル毎に二千クレジットも払ってたんじゃあな」
「はい、褒賞金が尽きれば同じこと…なにかでクレジット稼がねばなりません」
「あー、簡単なのだと交易センターから仕事を受けるとかか?」
「交易センターからですか?」
「あそこは銀河中から仕事が集まってくるからな。運送、送迎、買取りのまとめ役みたいな所だ。何でも買い取って、売り付けて運ばせる。運ぶのが人の場合もあるし、買い取った物を取りに行かせたりもするが」
何だか図書館のデータにあった運送業界に似ている。
「だが宇宙で稼ぐなら、やっばら船がいるな」
「そうですよね。ブラック・ローズにコンテナを抱えさせてもたかがしれてますし」
「輸送には賊の襲撃が付き物だから、そら危ねぇわな」
「新しく船を買うとなると…」
ケンさんがイカ頭を揺らしながら、うんうんと唸っています。
「受付で聞いてみるか」
「あ、そうですね」
ケンさんは軍に所属する軍人さんですが、船は支給されたり配属される物なので値段には詳しくないのだそうです。以前に空母が八十億と聞いたことがある程度だとか、流石は空母とんでもない額です。
「そうだ…サクヤさんのターミナルは?」
「まだ貰っていませんが…」
「ナニ?」
「用意ができたらアナウンスで呼び出されるのでしょうか?」
わたしがターミナルの受取がまだだという話をした途端に、眉を顰めて怖い顔になったケンさんがボソリと呟きました。
「…まずいな」
「え、何かいけなかったでしょうか?」
「ブラック・ローズが盗まれてるかも知れねぇ!」
その一言だけを残して、颯爽と港に引き返してゆくケンさん。状況が理解できない私を置いて、事態は良からぬ方向に進んでいるのかもしれません。
「あ、サクヤ様ですね。こちら最新型のターミナルです」
「あ、どうも」
緑色の制服が美しいオレンヒトの女性が不意に現れ、ターミナルを手渡してきたのを咄嗟に受け取る。
「IDの発行も済ましたので、既にターミナルに登録してあります。先にご確認頂きたいのですが、こちらシースケイルパラディン…えー、アルフォリアの国軍ですね。そちらからの調査員の保護として、二十五万クレジットの入金がございました。そこからですね…ターミナルの代金、五万九千クレジットを引かせていただき十九万千クレジットになります」
「あ、はい」
想定していたよりも多い金額に嬉しさよりも安心感が心を満たします。借金の返済にブラック・ローズを奪われる様な事態は避けられたのですから、これで一安心です。
「それからですね…宙賊艦三隻の轟沈の確認が取れまして、個別の賞金は付いていない賊でしたので一隻につき固定額の五百クレジット、合計千五百クレジットを入金しております」
「ありがとうございます」
「それから…ケン・オーダー様から使用した船舶の売却と、サクヤ様にその売却クレジット分の入金どすね…四万二百五十クレジットの入金になります。入出金の情報はターミナルからご確認いただけます」
「あわ、はい」
ケンさんからそんな話を聞いていなかったので、思わず変な声が漏れてしまいました。オレンヒトの
お姉さんにも笑われてしまいましたし、合流したらケンさんを問い詰めなくてはいけませんね。
「それから本日の港の使用料金ですが、交易センターの支払いとなりますので、本日は無料でお使いいただけます。日付が変わりますと料金が発生しますのでご注意下さい」
「なにから、なにまでご丁寧にありがとうございます」
「とんでもございません、有望な船乗りはセンターの宝ですもの」
ケンさんとの話を聞かれていたようで、有望と持ち上げられるのはどうも落ち着きません。
ターミナルに映った残金を眺めながらマイナスにならないようにと気持ちを固め、ケンさんが走って行った港に急ぐのでした。
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