第16話 イカとの遭遇

 流線型の黒い装甲が空気を切り裂くように進む。赤い瞳は桃橙と輝き、薄い雲を染め上げる。


「まったく、ブラック・ローズなんて大層な名前……量産機に付けるだなんて」

「ピピ(そんなもんだよ〜)」


 ブラック・ローズに乗り込み、メイドロイドとして同期するとその実態が手に取るように明らかになった。


 ブラック・ローズの特徴的な流線型の装甲は、大元になっている白兵戦型量産機「ソルジャーノン」に空気圧の抵抗を軽減する為に取り付けられた物だったのだ。装甲は新造されしっかりとした品質で、軍が正式に配備している百mm携行火器アサルトライフルを受けても十発前後は弾丸を弾いてくれる。対してユニティブで悪事を働く賊の中には、小惑星を砕いた岩石を弾にしたレールガンを使用してくる者もいる。ブラック・ローズの外付け装甲は、この手の隙間に入る物質弾が弱点になりやすい。(砕けた岩の破片が装甲の内側に入り込み、駆動部の動きを阻害する為)


 月花サクヤユニティブブラック・ローズを用意したツカサ・カドイチは軍人としては中尉であり、佐官と呼ばれる幹部候補染みた要員よりも下の階級。ユニティブ一機を用意するのに、金銭的な余裕があったとは思えない。自分の仕事場からユニティブの部品推進機関を持ち出す位には余裕がなかったのでしょう。


「おそらくブラックマーケットで部品を調達したのでしょうが、撃墜したり鹵獲した機体を分解した物。…武装も無い事ですし、戦闘をしなければ……なんとか」

「ピ(うちゅうにいければ、いいからね)」

「用意した者の思惑はそうでしょうが、私達にはその後の方が重要です」


 あれから数分経ち、レーダーの感知した現場に到着すると、宇宙船とおぼしき機械の数々が黒煙を上げています。


 メイドロイドの持つデータに含まれない船型から、少なくとも軍で採用された船種ではない事が分かります。


「一隻ではないとは分かってはいましたが、凄惨と形容するのでしょうか?」

「ピピ(生体反応あり)」

「あら?」


 機体を地面に着陸させて、生体反応が確認された地点を拡大して表示する。


「これは……イカでしょうか?」

「ピ…ピピピ(データ照合…該当なし)」


 血を流している状態から察する限り、あの頭部頂部のイカの耳に見えるアレは飾りなどではなく、実際に生えている身体の一部なのでしょうか。


「ではもしかして、あの先端の尖った船首の船は、イカ型の宇宙船?」

「ピ(そうかも〜)」

「てっきり、葉巻型の宇宙船かと…」

「ピピピ、ピピピピ(そんなことより、あのひとどうするの?)」

「人…人で良いんでしょうか、呼びかけては見ますが」


 外部用スピーカーに接続し、うつ伏せで倒れているイカ頭の人に意識の有無を確認します。


「ピピ(反応なし)」

「意識がないのでしょうか……たとえ言葉が通じなくても、大きな音ですから反応が有っても不思議ではないのですが」

「ピ(敵性生物接近!)」

「敵?」


 機体を翻し後方から接近していた異型の生物から上空へと距離を取った。


「ああ、もう。だから武装が必要なんですよ!」

「ピピ(視認、対象生物は豚から猪の再生を目指し遺伝子改造された異形化生物と分析)」

「何でイノシシがゾウより大きくて、硬くて…足がいっぱいなのよー!?」


 遺伝子操作と汚染された環境に適応した元ブタは、二十メートルを超える巨体とそれを支える十二本の足から生み出される突進力を備えた、危険なミュータントに成れ果てていた。


「いくらイノシシだからって、牙が立派すぎるでしょ!」

「ピピ(キバだけで五メートル)」

「戦うしかない…のよね」


 意識の端に倒れたままのイカ頭の姿が、浮かんでは消える。


「ピピピ(当機は白兵戦機です)」

「カッコつけないで……行きましょうかタマ」


 拳を握り締め、徒手空拳よ構えを取らせる。


「ピピピ(正面衝突にご注意ください)」


 ブラック・ローズを使った初陣が幕を開けた。

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