第12話 フォーチュンボックスを開けてみる

「そんな惑星が…」

「そんで、その魔素の働きで中に入ってきた生物を捕食するダンジョンつー生物が自然発生するんだわな」

「生物…たしかダンジョンは場所だと」


 この店主が販売しているフォーチュンボックスという箱は、ダンジョンで生産していると言っていました。


「嘘は言ってねぇ、場所で生物なのさ」

「場所で生物ですか?」

「俺たちで言うと…脳を移植した違法船みたいなもんかな。そのダンジョンにはダンジョンコアつー心臓と脳の混合体が有って、無機物の体…洞窟とか建物を動かしているんだな」

「動力は…魔素、ですか?」


 店主は大きく頷く。


「ああ、正確には魔素が含まれたマナて名前の元素だな。コイツは何にでも溶け込む、水でも鉄でも本当に何にでもな」

「溶け込む…それは危険なのでは?」

「当然、危険だぜ?」


 店主は小箱を撫でながら、続ける。


「魔素使い…ファンタルジアだと魔法使いだが、やろうと思えば魔素がある場所なら、どんな場所も覗けるし聞き耳を立てられちまう。なんなら離れた場所から、その辺を歩いてる奴の体内に火を付ける事も出来るだろうな」

「そこまで…」

「まぁ、そこまで魔素を使いこなせる魔素使いは早々居ないし、何より魔素は宇宙空間では消滅するのが分かってる。だから魔素祓いでこの箱も宇宙に出してあるから、心配はいらねぇぞ?」

「……それで、結局その箱は何なのです?」

「おっと、そうだった。改めて名前から…この箱はフォーチュンボックスという中身が分からない不思議な箱さ」


 店主は意気揚々と箱を掲げ、宣伝も兼ねているのか高らかに謳い上げる。


「開けられるのは一度きり、次の機会はまた来年。中から飛び出すのはゴールドのコインか、はたまたファンタルジアの摩訶不思議な道具か生き物か、開けたものだけが知っている。フォーチュンボックス、今なら一つ1万クレジットカードだ!」


 宣伝の効果か話をしている側で様子を見ていた通行人が、屋台へと歩み寄っては真剣な眼差しで小箱を吟味する。


「おう、一つくれ!」

「まいど!」

「運試しかい、これでも運は良い方なんだよ。一つおくれ」

「はいはい、1万クレジットね!」


 まだ聞きたいことは有ったのですが、実際に代金を支払う客程に店主の関心を引く術はありません。肝心の中身については聞き損じてしまいましたが、今は諦めて代金を支払いましょう。


 ここまで話を聞いた以上、買わないわけにはいきません。だからこそ中身がどうなっているのかを知りたかったのですが、それは開けてみれば分かる話です。


「はい、まいど。卵が出たら没収されるから気をつけな」

「はい…はい?」


 商品の受け取りと同時に大外れの存在を伝えられ困惑している中、運試しと称して小箱を購入した筋骨隆々の大男が自信満々に小箱を開けた。


「あ〜ん、なんだこりゃ?」


 大男が二本の指で持ち上げた物は、半透明で薄緑色をした宝石の様な石に見える。箱の中身が決まっていて、表示されている物のどれかが当たると広告宣伝されていれば当たりだと分かりますが、元々の中身が分からない以上は素直に喜べません。


「あー、そいつは魔晶石だな。クリスタルに魔素が溶け込んで出来る素材だ」

「そんでコイツは何に使うんだ?」


 店主が勿体ぶるように頭から全身を覆ったローブを翻し、機嫌よく答えた。


「魔晶石は魔道具という魔法を用いた道具に使われる高級品さ。ま、ここらじゃ装飾品かカチメンツの飯になるくらいだな」

「ゴミじゃねえか!!!」


 大男はスキンヘッドの頭を両手で押さえながら絶叫し、勢いそのままに箱から取り出した石を地面に叩きつけて不機嫌そう体を揺らしながら去って行ってしまった。


「あーあ、勿体ないなぁ。買おうと思ったら300万クレジットはするってーのに」


 石を拾い上げる店主の言葉を聞いた客の視線が石に集まる。


「どうしてそんな石ころが、そんなにするてーんだ?」

「ああ、これ緑色してるだろ。コレは回復属性の証で、仕入先のファンタルジアに持っていけば外傷を立ちどころに癒す便利な道具に使う素材になるのさ。そんな理由で高値で取引されてんのよ」

「はー、あの兄さんは早とちりで大損こいたわけか!?」

「売り先に手立てがありゃあな」


 納得した購入者たちは値千金の夢を見て、その場で次々と箱を開いていた。箱から出てきたものを鑑定できる宛がなく店主に見せる他ないと判断したのか、それとも静かな熱狂に充てられでもしたのか空いた小箱を片手に店主のもとに詰め寄っている。


 両手の中の小箱をジッと見つめる。


 木製に見える小箱は、まるで子ども向け文芸作品に登場する宝箱の様に上蓋を持ち上げれば開くことが出来る。


 小箱を作った者はデザインに拘る気は無いのか、六面体正四角形には開ける場所を囲む様に溝が彫られ、全体の印象を纏める上げるように、六面をこげ茶色で塗り染められている。


 箱を眺めながら踏ん切りが付いたタイミンを測り、そっと蓋を開いた。


「これは…」


 箱の中で光を反射がキラキラと輝き、透度の高い涼し気な青が柔らかい光を湛えている。


「ネックレス…でしょうか?」


 小箱の中から取り出した輪になった宝石の連なりは、見る物を引き付けてやまない太古からの輝きを持ってた。


「お、嬢ちゃんも開けちまったのか。俺としては一晩くらいドキドキして、寝付けない夜を楽しんで欲しい所だが…」


 一番長く話をしていた私を気に掛けていてくれたのでしょうか、様子をうかがっていた店主に声をかけられました。


「このネックレス、何か特殊な物でしょうか?」


 私がそう聞き返すと店主は顎に手を当てて、呟くような声で言葉を紡ぎます。


「ネックレス…スカイブルー…魔晶石。多分だが無毒化のネックレスじゃないか?」

「無毒化ですか?」

「魔石つー魔晶石よりもグレードの低い魔素石を使った魔道具に耐毒シリーズってのがある。これは水属性の石を使って作られる装飾品型の魔道具で、形状としては指輪が多いな。まぁ、耐性を上げるもので珍しいもんじゃないが、完全に毒が効かない無毒化だと高値がつくぞ。えー、相場と輸送費とか経費を差し引いて……買い取りは500、うん。500万クレジットで買い取るぞ」

「500万ですか…」


 聞き流すには魅力的すぎる金額です。機械の身体を持つ故に毒に因って影響を受けることはありません。


「…むー」


 頭の中では小さなサクヤが集まって、あーでもないこーでもないと大会議が開かれている。


(悩ましい、実に悩ましい案件です)

「いや、そんなに悩まなくてもよぉ……」


 店主の伸ばした手が力なく空を泳いでいる。


(あれ、可笑しいような?)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る