第8話 暴走

 技術の進歩とは素晴らしものです。半永久的に使用できるバッテリーのおかげで、車を漁れば百年経った今でも問題なく使用できるバッテリーを拝借できます。充電こそ必要ですが。


 スマイルマイル社に向う道中、私は長い間放置された車を発見しました。以前は修理屋か販売店だったのでしょう。雨風に晒されて車体が傷んでしまっています。


「エンジンがかかれば良いのですが…」


 私が目を付けたのは、一般的に普及していた一人乗りの小型車。一人一台時代の立役者。横転時の回転を考慮した縦長の円柱ボディ。長時間の利用を考慮していない、シートのない立ちっ放しの運転席は私には好都合です。


「汚れは酷いですが、人の事は言えませんね。車輪はダメになっていますが、足を出せば…」


 小型車の弱点と言えば悪路です。凸凹地面を超えて行くには車輪が小さすぎるのです。そんな悪路の解決策が、昆虫の足をモデルに作られた三対三の歩行ユニットです。通常時は必要がないので、折り畳まれ格納されていますが。


「流石に何キロもの距離を往復するのに、走って行くのは大変ですからね。首尾よく交換部品が見付かったとしても、セーフハウスまで運び出さなくてはいけない訳ですし…」


 一人乗りの小型車に積載量を期待する事はできませんが、この足で進むのも消耗が気になります。生物の身体のように自己再生機能はありませんので已む無しです。


「幸い私のエネルギーを使えば、エンジンを回すことができそうですね。古い型ですから一度走らせれば、車輪と一緒にモーターも回って、自動的にバッテリーに充電されるは…ず?」


 意気揚々と端子の接続に着手しようとした私の耳に、大きなエンジン音が届きました。慌てて手を止め、音の先に視線を向けます。


 そこには大きなカーゴを引きずりながら、暴走する一台の大型輸送車の姿がありました。


「…え゛えェえええええ゛えぇ!!」


 思わず喉の調子が可怪しくなる様な叫び声を上げて、走り出します。どうも算譜プログラムに重大な欠陥が出ているのか、私を正面に見据えた瞬間から車体が加速しています。ああ、手を入れていた小型車が潰れる音が。


 どう対処をしたら良いのでしょうか、いくら大きくとも車両に違いはありませんから、頑丈そうな建物の中に避難するべきでしょうか。こうしている間にも、私を轢き倒そうと後方から迫って来ています。


「なんだか、ムカムカとしてきましたね」


 思い返せば時間もないと云うのに、移動時間を節約しようと無事な車を探し出し、後はエンジンを掛けるだけという所であの大型車です。


「苛立ちの代償…払って戴きましょうか!」


 私は苛立つ中、あの大型車は走っているという事実を再認識しました。失った車の代わりに、あの大型車を使えないかと閃いたのです。


「大型の輸送車…積荷は不明ですが、積載量は十分。正確な数字は分かりませんが、あの大きさなら丸々設備を運べるやも…カーゴにクレーンも付いていますし」


 言い切る言葉を待たずに転身し、迫って来る車に向って走る。身体の耐久力を消費を覚悟しながら、車の側面にある取っ手に飛びつく。


「壊す訳にはいきませんからね!」


 ドアの開閉スイッチを左手の握り拳で叩く。一度、二度と叩きますが、返ってくるのは鋼の感触だけ。


 開かないドアにしびれを切らして、救助様に設置が義務付けられた赤いレバーを引き倒す。


「硬ったぁ〜い!」


 小さな爆発が起こり、支えを失ったドアが瞬く間だけ空中に残ったが、加速を止めない車の煽りを受けて後方に飛び去った。


 運転席に飛び乗る一瞬、まるで抵抗をするかのように左右に揺れる。バランスを崩し危うく、ドアの二の舞いを演じぬように持ち堪える。


「あとは算譜を!」


 車の運転席に乗り込み、自動運転システムを改竄する。腕を使って直接的な操作をする必要はないのだ。


 電脳は私の独壇場だ。

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