第7話 特異点

 技術の進捗は段階がある。落ちていた石を鋭く尖らせて刃物にするように、その刃物を棒に括り付けて槍を作るように。


 人類の歴史上には様々な発明があり、中には世界の常識を大きく変えたものがあります。電気、核、情報処理機。当たり前に利用されるまで、多くの常識を打ち破ってきた発見。人はそれを特異点と呼びます。宇宙に進出してからも人類の研鑽は止まらず、遂にワープ技術を完成させる。


 この技術に使われている理論は、役百八十年前に提唱された理論で、アルクビエレ・ドライブが大元になっている。データが無いので、詳しい仕組みは不明な部分が多いのですが、惑星全体を特殊な泡で包み込み距離を圧縮する事で結果的にワープを可能とするのです。


 このワープ技術には膨大なエネルギーが必要となるのですが、世代が進む毎に研鑽された技術と、恒星内に侵襲を果たした事で、発見されたエネルギー結晶体の登場で、アルクビエレ・ドライブ研究は大いに加速した。


 そんな夢の技術を何を思ったのか、移民百周年記念に併せて初の起動実験を行ってしまったのです。


 この惑星クブアを対象として。


 時系列的に私が目覚めたのは、ワープが行われた直後の事だったのでしょう。通りで動物を一切見掛けないハズです。あの手のやからはいつ頃か一定数は湧いているものです。ワープ前に引き上げたのですね。


「これは大変な事になりました…急いで宇宙に出ませんと」


 急いで宇宙に避難しなければなりません。第一に惑星をワープ実験に使用する以上、換えの利かない惑星を使い捨てるとは考え難い。惑星に発信機マーカーを残し、ワープ先に調査を派遣するでしょう。私がシンギュラリティに目覚めたガイドノイドであれば、救助を待つのも一つの手ではあります。しかし、私は電子生命体。自分でもどんな存在なのかハッキリしない未知の生物です。このままでは、ワープの副産物として実験動物にされるのは確定です。


 第二に惑星が消滅する可能性が見えてしまったからです。ワープ技術に問題があったのか、ワープ先に私の記録にない恒星の側に出てしまいました。これまで私は、恒星の位置が変わらないと思っていましたが、実際は恒星の引力に引っ張られている可能性があります。それとワープの影響で自転が止まっている可能性も。


 第三に異星人の可能性です。あまり高い可能性ではありませんが、人類が可能な限り遠くまでワープさせようと考えた場合、接触する可能性が高くなります。異星人に関しては完全に未知数のため、不安に悶えても仕方ありません。せめてあの恒星の側で生活していない事を祈るまでです。もし私が住んでいる星系で惑星がワープアウトしたとして、何の断わりもなく恒星の側に惑星を配置されたとしたら、侵略行為を想起しますし、なんなら普通に惑星攻撃を加えるでしょう。位置関係に由っては破壊しますよね。星系の危機ですもの。


 その他の細々とした理由はありますが、立ち止まっている暇はありそうにありません。


「武装、動力全て最低限で構いません。早急に準備を進めなければ…幸い私には酸素も重力制御装置も不要ですし。ああ、そうでした私自身の修理を優先すべきですね」


 図書館に来たのは正解でした。遺された膨大なデータには、既に骨董品ですが宇宙船の製造に必要な情報が残っていたのですから。


 さしあたってはガイドノイドの生産をしていたスマイルマイル社に足を運ぶとしましょう。危険な事には変わりありませんが、今は時間が惜しいのです。昔で云う所の時間制限付き一撃死難易度鬼畜ゲーとか言うやつです。図書館で余計なデータが追加されたのかもしれません。


「目標地点まで約七km。道中で移動手段を確保したいところですね…」

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