間休話4 シーリング・チャプター

 突然の命令を受けて船乗りの「ケン」は、盛大なドルフィンターンを決めて宇宙船に送り返された。なんでも未確認の惑星がワープしてきたとか言う墨唾眉唾な話だった。


 せっかく故郷の懐かしいナトリウムが手に入ったってのに、楽しむ暇もなく仕事を押し付けられるとは。


 他の惑星出身の奴らも当たり前のように仕事を押し付けられているのか、俺達はさも予定通りの行動を取っているかのように編隊を組んだ。個より集団が安全なのは、小魚でも知っている事だ。


「あれが異例の惑星か…治療分析。なんだよ普通のカラカラ惑星かよ」


 ケンの出身惑星であるアルフォリアは、宇宙から見ても稀なアクア型惑星であり、惑星の九割が海と呼ばれる水資源に覆われている。そんな惑星で進化したシーリングが、多くの水を必要とするのは自然の海理道理である。


「けっ…シースケイルの奴ら、雑務ばかり押し付けやがる」


 惑星アルフォリアにはケン達シーリングの他に、シースケイルという種族が存在した。このシースケイルは「鱗を持つ者」という意味を持ち、アルフォリアに於いて上級国民とされるエリートなのである。


 アルフォリアの知性生物はその環境により、海洋生物から進化した動物を祖先に持つ。プランクトンを主食にする軟体生物シーリングと軟体生物を主食にする骨格生物シースケイル。先祖から受け継いだ本能的恐怖が、知性を獲得してからは明確な上下関係となってシーリング達の心を縛っていた。


 そんなシースケイルの持つ絶対性は、宇宙に飛び出してから血と共に薄まっていた。他の惑星の異星人達との混血が進み、本能に縛られるほどの濃い血が維持できなくなっていた。本来ならば焦り、恐れ、強権を振るうものなのだろう。シースケイルにはこれまでの歴史という半ば当たり前と化した先祖の遺産を持つ。そのためシースケイルの立場が変わる様な事はなかったし、むしろ混血化が進むのを喜んでさえいた。


 薄くともシーリングの血を引けば、自分達シースケイルに対して多少の上下意識を植え付けられ、国交関連にしても種族側の友愛を示すことができる。彼らシースケイルにとって見れば、良いこと尽くめだった。


 純血の血を保とうとする保守的な者もいるが、それはごく普通のアルフォリア人なので、誰から見ても何の問題なかった。


「お、おお!!」


 上司シースケイルの愚痴という社会性と共に生まれた習性の最中、邪魔くさいヘルメットを脱ぎ捨てて分析結果に齧りついた。


「地表の白い物のほとんどが、塩!」


 塩、とどのつまり塩化ナトリウムであり、彼らアルフォリア人にとって無くてはならない必須栄養素である。アクア型惑星の全てに塩があるというわけではなく、合ったとしても彼らにとって毒となる成分が含まれている場合もある。


 そもそもアクア型惑星事態が比較的に珍しい存在な事もあって、第二のアルフォリアは未だ見つかっていない。新たに発見された未分類惑星は、塩が検知されたことから、元々はアクア型惑星の可能性が高く、失われた水を補給してやればそのまま移住できるかも知れないのだ。


 水が用意でき、首尾よく同胞を集め、その他の資材や設備を追加し、そのどれもがシースケイルに感知されなければ、シーリングの惑星安全地帯が手に入る。


 越えなければならない関門は多い。


「へへへ、なぁに宇宙じゃ氷の塊は珍しくねえ。お、カチメンツの船…そうか奴らにとってもあの星は貴重な資源か」


 ケンの視線の先には、船体の全てが正四角形で構成されたあの形式は、カチメンツ族特有の技術ブロック工法によるものだ。


 カチメンツの身体は岩石で構成されていて、その外見は食事に大きく影響を受ける。カチメンツの小金持ちは、宇宙で最もポピュラーな宝石ペリドットを好んで食し、頭部から色を塗るように高純度のペリドットで形成されている。


「未知の岩が目的だな…あ?」


 簡易的な船団となっていた彼等は、一隻のミスで全体に不利益を与え合う状態だ。自慢のグランドクラーケン号のアラームが、大音量で危険を知らせる程の危機である。


「どこのザコが、やりやがった!」


 危機を知らせるアラームが鳴り響く中、何とか安全圏に引き戻そうと必死に舵を操作する。ケンが慌てふためく間に、問題を発生させたケモノ族の船が大気に飲み込まれた。


「ああ、クソ!?」


 「巻き込まれた!」ケンの慟哭をも飲み込むように、グランドクラーケン号は惑星に降下した。


「ちゃ、着陸態勢!」


 ケンが知る由もない事だが、アルクビエレ・ドライブの実験により生成されたバブルバリアに接触した結果、船の全システムに深刻なエラーが発生していた。


(だっ…しつ…を)


 大気圏に突入する衝撃を緩和するシステムも作動せず、体が固定されていない中でその衝撃を受けざる負えなかった。


 軟体先祖の恩恵か命からがら、黒煙を噴き出す相棒から這い出るがそれいじょう意識を保っていられなかった。


「タマどうかしましたか?」

「ピ」

「MD…しょうがないですね。一曲だけですよ?」

「ピピ」

「鋼の〜♪」


 奇跡的に意識を取り戻したケンの耳に届いたのは、どこか切ない歌声だった。


「こ、ここは…?」

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