第18話 シーリングと宇宙の情勢

 なんとも頑丈な生物だ。


 私がイカ頭の人に向けた感想がこれである。


 二足歩行の知性生物。ここまでならば、ありふれた人間の特徴なのだが、目の前で倒れ伏している男性(恐らく?)は、宇宙船から投げ出される程の衝撃を受けていたはずなのに、頭部らしいイカ頭からの流血と、全身に軽度の打撲損傷。一先ず男を検査すべく、スキャンをかけた結果だ。


(全身がとても柔らかい…骨は有るのに軟体的な)


 メイドロイドである月花サクヤには、護衛対象の健康と面会者に対する武装の有無を確認する簡易スキャン機能が目に組み込まれている。通常はもう少し大型の機材をゲートに設置するので、如何に月花サクヤが高級品であることが分かる。


 こんなミュータントが跋扈する危険地帯に、負傷者を放置するわけには行かない。自分の本拠地に知らない相手を入れるのは憚られるが、他に候補地があるわけでもなくイカ男は地下倉庫に運び込まれた。


 ブラック・ローズを格納する場所が無かったので、彼女は一機で建物の外でポツンと待機している。


「タマ?」

「ピピ」


 相手が未知の生物なために、クブアの一般的な治療薬は使うことができない。遺伝子分析が可能であったなら、毒になりうる成分を解析結果から判断できたかも知れないが、ガラクタでできたセーフハウスに、そんな貴重な設備があるはずも無い。


 幸にも男性の命に別状はない様ですし、頭部の血を廃材置き場の拭き取って寝かし、安静に努めながら意識の回復を待つ事に。


 要救助者の目が覚めるまでの間、彼の側を離れる訳には行きません。しかし、ただ待つというのは存外暇なもので、私は生まれて初めて退屈という体感を享受しています。


「ピピ」

「タマ、いたずらをしては…MD《ミュージックデバイス》?」

「ピ」

「仕方ありませんね……一曲だけですよ?」


 以前に倉庫を整理していた時に発見した携帯型の音楽機材。あれから興味を持った私は、聞かせる相手もいない楽曲を時間の合間を使って作曲していたのだ。きっと実際に人に聞かせるとなったら、自分の作った曲を披露する機会はないだろう。


(タマが相手なら恥ずかしさも感じませんし…)

「鋼の星、響くメロディ、空虚な鼓動♪」

「ピ、ピ、ピ」


 初めての披露で舞い上がっていた私は、自分の背後で起き上がる人影に気が付かなかった。


「す、すまねぇ盗み聞きする気はなかったんだ!」

「あ、い…いえ。その…そこまで謝らなくても」

「ピー?」


 私の目前での腕をついて深々と謝罪する姿は、正に土下座である。彼らシーリングとっては捕食される時の姿勢を真似た物で、煮るなり焼くなり好きにしろという意味を持つ。彼が何故ここまで深々と謝罪しているのかと言うと、海に住むアルフォリアの海人達は音の伝わりにくい環境で生きている。その為、骨伝導による通信が確立される以前の意思疎通は、ボディランゲージや文字であり、音を出しての意思の疎通は稀であった。


 その稀な行動の中には、《求愛行動》》が含まれる。故に彼は告白かプロポーズの最中に入り込んだ海流の読めないチンピラ空気の読めないクズなのではないかと慌てふためいた訳である。


(最初は何を言っているか、全く分かりませんでしたが、言語解析能力が高い身体で助かりました)


 政財、政治、軍閥。様々な相手との会話が必要となる高官護衛メイドロイドには、相手の言葉がわからない最悪場合、戦争状態に発展しかねないので細心の注意を払うのだ。メイドロイドの最も高額な部品の一つである。


「それでアナタが助けて下さったんで?」

「ええ、時系列順に説明しましょう」


 私は手に入れたばかりの機体を試しに乗り回している時に、黒煙が上がっているのを見て急行したとして話を進めます。電子生命体である事は隠した方が良いかも知れませんし、文字通りの未知との遭遇なのですから、慎重に振る舞うべきでしょう。


「なんと…ではこの惑星には他にも原住民が?」

「いえ、この惑星…クブアはバブルフィールド装置の実験に使用され、ワープを行いました。他の人々は遠の昔に避難し、恐らく私の他には」


 そう言って首を左右に振るう。


 観察して分かったのだが、このイカの人はボディランゲージを好んで使うようで、先程から長めの腕が海藻のようにユラユラ揺れている。


「でしたら急いでこの星を離れなすった方が良い。今やこの惑星は海藻の山…こほん、クレジットの鉱山なんでさぁ!」

「………今度はそちらの事情を教えてもらえますか?」

「恩人の頼みとあらば、喜んで!」


 現在私がいるのは、星系を大きく跨いだ別の銀河。近くの星どころか、宇宙の常識も大きく異なる。


 シーリングのケンさんから伺ったお話では、ここはアダムガム銀河系。今のところ銀河内での大きな争いはないが、クブアが原因で大きな戦いが発生する可能性があるらしいく、軌道上独占争いか惑星地表での制圧戦の可能性が高いそうだ。


 表面的には銀河内の情勢は落ち着いた状態を維持していて、多くの惑星を領地とする国々は内政に力を入れているのだとか。


 他にも銀河内での通貨がクレジットと言う物に統一されて使われている話。所属不明機の扱い等、アレはあるだけ有難い情報が共有されて行く。


「そこでアナタにお願いだ。俺も一緒に宇宙へ連れて行ってくれ」

「乗ってきた船、壊れちゃいましたものね」

「ああ、それに派遣した調査員の救助をしたんだ。登録のない不審者でも悪い扱いを受けたりしねえ…はずだ」

「そこは確約して欲しいですが、他に手はなさそうですね」


 私達はガッチリと握手を交わすと、宇宙に向かう手筈を整えるべく、再び黒煙が上がる墜落ポイントへ向うのだった。

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