第5話 散策

 ダライという町は小さくはないが、大きなと言うほどの街ではなかった。歩き始めてから長い時間を歩いた訳でもないのに、町の防壁までたどり着いてしまった。


「壁…防壁ですか。町の外には何か脅威になるモノが?」


 思い返してみればこちらまでの間に通ってきた道には、剣と盾が描かれた一枚絵の看板がぶら下がった店があって、軒先をチラリと覗けば鈍色に輝く武器が見栄え良く並べられていた様子が伺える。


 室内での飾りによく使われるレプリカの販売店だと思い。その時は特に気にも止めず店先を通り過ぎましたが、もしかしたらレプリカなどではなく実用に耐えうる本物の刀剣類だったという事でしょうか。馬車の噂話といい、不穏なモノを感じずにはいられません。


「…しおかぜ?」


 突き当たった防壁を右手でなぞる様に進む。髪を撫でつける温かな風に、僅かな潮の香りを嗅ぎ取って足が止まる。


 こぼれ出た自分の声にハッと気が付いて、においの濃い方へと駆けては、一面の蒼が視界を埋め尽くした。


「海…」


 あの老婆は確か「海の上に流星が落ちた」とのお話しをされていました。目の前に広がるこの紺碧の海こそ私が水着し、流れ着いた場所なのでしょう。


「タマ…」


 海を一望出来るようにと設けられている崖際の展望スペースの柵の上に手を乗せた私の呟きは波の音に飲み込まれ、この人気のない場所から誰の耳に届くこと無く掻き消えた。


 私と共に降下したのならばタマもまた海に水着したはずで、着水時の衝撃に耐えられたかは不安なものの、ブラック・ローズのコックピットにいた私が無事に生還したのは破損したブラック・ローズ自体が緩和材の様に衝撃を緩和してくれたのでしょう。ブラック・ローズは再生出来ない程のダメージを負った事は覚悟しなければいけませんが、私と共にコックピットにいたタマが無事である可能性は決して低くありません。惑星の地表を転がり回るサポートボールが海水にやられてしまうとは思えませんし、少なくとも着水時までは無事でしょう。


 私の故郷である惑星クブアは人類の求めるままにほぼ全ての水資源を差し出した結果、惑星の大部分が結晶化した元海に覆われてしまいました。廃棄物や汚染の影響で放置出来ない状態でありましたし、吸い上げられた水資源は生き残った生物にとって必要不可欠な物資に精製して使用されるのですから、きっと今も人類の役立ってくれている事でしょう。


「…あれは、海月くらげ?」


 思考の傍らでぼーっと海を見下ろしている崖下の小さな浜辺で、プルプルと揺れながら全身が青色の生物が砂場で跳ね回っている。


「初めて見かける生き物ですね……ファンタルジア固有の生き物?」


 惑星毎に固有の生態系が形成されているのは、珍しい話ではありません。クブアの動植物がそのまま運ばれたユーレジアやアーゲンは別としても、海洋惑星アルフォリアで確認されている多くの海洋生物だけでも6000万種以上にも上るのですから、一々見覚えのない生物に驚いてはいられません。


「青色だけでは…ないようですね」


 海の中から現れた水色の生き物とは別に、全く同じ形をした明るいオレンジ色の生き物が、海から砂浜を進んだ先の林の中から現れました。


 生き物達は同族とも争うらしく、お互いに激しく身体をぶつけ合っては次第に数を減らしていった。特に目を引いたのは力尽きたと思われる個体が紫色の粒子と共に発光すると、そのまま溶けるように身体が消滅し跡形もなく消失する現象です。ときおり身体の消え残りなのか、体液の様に見える身体と同色の何かが生き物のいた場所に取り残されいますが、波に飲まれたのか砂に沈んだのかは分かりませんが目を離した僅かな間に見当たらなくなってしまいました。


「…同族に襲い掛かるほど好戦的。なるほど…どれだけの脅威かはまだ判断できませんが、あのような生き物がダライ周辺に生息しているのですから防壁が建てられた理由は恐らく……」


 町の中で見かけた武器を販売する商店や、防壁が必要になった理由がぼんやりと見えてくる気がしました。

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