第4話 一人きり

 身体を綺麗にしてもらい、新しい服を渡されて身支度を整えました。


 薄い生地を使った手首まで覆う若草色の長袖ワンピース。その大人しい色合いが、どこか牧歌的な村娘を彷彿とさせます。


 お婆さんのお話をお伺いしたのですが、やはり現在地ここは惑星ファンタルジアに間違いないようで、お婆さんは惑星ではなく、この世界の名前がファンタルジアだとの認識をしておられる様子でした。一つの惑星から離れることの無い生活を送る方々にとっては、惑星の名前を世界の名前と捉えるのは自然な事で、私の出身惑星であるクブアでも惑星と世界の名称としてクブアが使われていました。それから時間と共に文明が進んでゆき、やがて宇宙進出を果たして他惑星への移住に踏み切る頃には、すっかり認識が改められて、惑星名としてだけクブアの名前が用いられる様になったという歴史的背景がありますから、お婆さんの認識はそこまで不思議なものではありません。


 本心では直ぐにでもタマを探しに家を飛び出したいと思ってはいますが、殆ど何も知らない惑星で人一人よりも小さいサポートボールを探し出すには、人手も装備も情報も何もかもが足りていない。


「目が覚めたばかりで、聞きたい話はいっぱいあるだろうけどね。動けるようなら少しダライの中を歩き回ってご覧、聞きたい内容をまとめるのにも頭の中を整理するのにも丁度いいさね。…少しぐらい動いた方が回復は早いそうだよ」


 そう言われて朗らかにダライの町へと送り出されてしまいました。


 年の功と言うのでしょうか、このまま家の中に閉じ込めるつもりは無いという気遣いであるのと同時に、何について質問するべきなのかを調べなさいという試し。私の動きは外からの観察が可能ですし、私のする質問内容から思考性の判断できます。


 空から降り注ぐ温かな光を感じて空を見上げる。


 日の光を受けた植物達は鮮やかな深緑の葉を靡かせては、風を受けてゆらゆらと揺れる木の葉の隙間から日差しがまばらに敷かれた石畳の上に影を落としている。


 古い町並み、頭の中に浮かんだ言葉をできるだけ優しくなぞり、出身惑星のクブアが辿った歴史を思い出す。


 混合土こんごうつちが使われる様になる以前に使用されていた。それは太古と形容されるレンガ等を主な材料とした古い建築様式であり、人類が宇宙に初めて進出を果たしたよりも古い時代にに普及していた。


 正しく古い町並みと形容されるに相応ふさわしい光景が広がっている。行き交う人々の流れに取り残された穏やかに笑う老人、走り回る子ども達に怪我をしないように声をかけて注意する大人。


 振り返って思い返して見れば、人の暮らす町を実際に見るのは初めての経験でしょうか。データという過去の出来事とは違い、彼らは今を現実として生きているのですから、データと比べることは野暮な事なのかも知れませんが。


 老婆の玄関先で立ち止まったままでいるのも視線を集める不自然な行動だろうと、周囲をキョロキョロと見渡しながら歩き出す。


(切り出された岩でタイルを作っているのかしら、むき出しの土が大部分を占めてはいるけれど、建築物周りの殆どがタイルにに囲まれて…)


 ドカラッドカラと力強い音が地面を叩き、四つ足で駆ける生物が何かを引いて走り去って行ってしまった。街の中を歩く人々が驚いた様子で見送っていたので、普段からよくある風景では無いのだと解ける。


「大変だ!」

「なんだなんだ、いったい…」

「あんな速さで馬車を走らせるなんて…何を考えているんだか」

「エンビーが旅に出たのじゃ。どうせ、王女がさらわれた知らせじゃろうて…」


 走り去った生き物を見送っていた町人たちは、知り合いらしい数人で固まって噂話を始めてしまった。


 噂話を初めた原住民に混じり詳しい話を聞きたいと気持ちが後髪を引きますが、今は少しでも速くタマと合流したい。合流後は船の手配も必要ですから、現地で流通している通貨紙幣を入手して確保しておく必要があります。


 41番宙域の1番コロニーのBユニットで出会った露天のフォーチュンボックス売りは、この惑星でフォーチュンボックスを仕入れていると話していました。つまりは惑星から脱出する手段は必ず存在しているハズです。


「タマ、今はあなたの無事を信じますよ」


 振り返ってみれば、元々何も持たずに初めた旅です。歩くだけで故障しかねなかった以前の身体とは違うのですから、それだけでも恵まれた始まりではないですか。


 私は一人歩き出した。

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銀併の歌姫様 灰猫 @seadz26

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