第3話 物知り老婆
目が覚め、見知らぬ部屋で過ごして24時間。食事が必要のない身体だから良かったものの、普通の人類だったなら、この無為な時間を過ごすのは多大なストレスを感じたのではないでしょうか。
私はこの与えられた時間を不可解なステータス画面の解析に費やす事で消費し、自分に起きた変化を自覚した。
惑星ファンタルジア。この銀河でも数少ない魔法が存在する直径約7000kmの比較的に小さな惑星です。この惑星の大きな特徴は「魔素」と呼ばれる希少な元素を保有している事で、この魔素を用いた「魔法」を土台として文化発展した惑星です。
この魔素は水に塩が溶ける様に、他の物質に溶け込んではその物質を変質させます。
恐らくは私の身体である「月花サクヤ」が惑星ファンタルジアへの不時着を成し遂げ、私の意識が回復するまでの期間に「魔素」が溶け込み、変質。
ステータス表記の謎自体は不明のままですが、ログにあったインストールの影響を受けているとみめ間違いはないでしょう。24時間の間にインストールされたプログラムの確認をしましたが、不明な言語で書かれたプログラムはどうしても解読に時間が掛かってしまいます。確認した範囲ではウイルス等の毒になりうるプログラムの確認は出来ませんでした。もしこれが魔素に関係するプログラムならば、身体に溶け込んだ魔素の制御を行っている可能性が高く、プログラムを削除する事によって身体を動かせなくなる可能性があった事で、不安ながらも削除する訳にもいかない。
ガチャ。
「おや、今日は目が覚めたみたいだねぇ…」
「あなたは…?」
不動の時間を思考に費やしていた私にの元に、女性の声が届いて、ゆっくりと視線をそちらに向けた。
1枚だけある部屋への入口を押し開け、湯気の立ち込める桶を脇に抱えた年老いた女性がそこに立っていた。
「あたしゃあ、この家の家主さ。婆さんでもばっちゃんでも好きに呼びな」
部屋のドアを開け放ったまま、老婆は私が上半身を起こしたベットへしっかりとした足取りで近づいてくる。深く刻まれた顔の皺から推測される年齢からは考えられないような、しっかりとした足腰をしているようです。
「それで、体はどうだい。どこか痛いところは?」
フリルの付いた円形の被り物を白髪の上に乗せて、丸眼鏡と1枚布で作られた様な彼女の体格以上の大きさのワンピースを身に着けた老婆から落ち着いた声色で語り掛けられた。
「はい…問題なく」
服と包帯を剥ぎ取られ、湯にくぐらせた温かい布が肌の上を這う。生物ではないので老廃物とは無縁ですが、水分が肌の上で乾いてゆく感覚はなんとも面白く、誰かに身体をお世話をされる初めての経験にありがたみを感じて頬が緩む。
「あんたが見つかったのは、四日前の
「……流星」
老婆が語る流星は、衛星上から降下したロックシェルか、私が乗っていたブラック・ローズのどちらかだと思う。
目覚めてからタマがどこにも見当たらない。まだブラック・ローズと一緒にいるのなら、あの子も海の中に沈んでしまっているのか。
「ここダライの町は北と西に海、南に山、東に森と大自然よくばりセットみたいな立地をしてはいるがね…魚が大事な食料である事には違いない。海に落ちた流星の所為で、暫くは漁に出るのも難しくなっちまったよ」
「…この地はダライと言うのですか」
私がポツリと呟くと、機嫌良く笑い声をあげて老婆は嬉しそうに語りだした。
「ヒッヒ、そうさ。ここはダライ、吟遊詩人ダライが起こした小さな町さ。だからダライの名前がついたのさ」
嬉しそうに、そしてどこか懐かしそうに笑う老婆の声が、部屋いっぱいに響き渡った。
銀併の歌姫様 灰猫 @seadz26
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