間休話5 新人アイドル?!後編
なぜか通ってしまった。
1万人を超える応募者の中から、ただ1人の
最初の予選である一斉ライブは宙域に生放送されて応援したい参加者に投票することができる。その投票結果によって、予選を通過するかが決まるのです。
なぜか通ってしまった。
望みとはかけ離れた結果に、控室の長椅子に腰掛けていた私の口から、思わずため息がこぼれます。
予選は2次まで続き、それを勝ち抜くと本戦に進みます。本戦は銀河の中心である2
ロックシェルに愛着が湧き始めたこの頃、船を離れて遠くのセクターにお出掛けしたくはありません。
「いったい、何が悪かったのでしょうか…」
「無表情?」
「踊るのに必死だった感はあるわね」
「でも11歳でしょ?」
「アレだけ動けるなら…役者の方が向いてるんじゃない」
「あなた達は?」
控室の隅で目立たない様に控えていたのですが、他の予選を通過した参加者達に見つかって取り囲まれてしまいました。
「わたし…るみ」
「アズリーンよ」
「ラナーヤ・
オレンヒト(ケモミミ獣人)種の幼い容姿の女の子がルミと名乗ると、それに続いて二人の女が名乗りを上げました。浅黒い肌のガーランドの女が紫色のモコモコとした長髪を弄りながら堂々とラナーヤと名乗り、病的なほど真っ白な体をした女は薄ら寒い微笑みを貼り付けた顔で、淡々と自分の名前を告げます。
「私は…」
「サクヤちゃん…よね?」
「は、はい」
ステージに上がる時に名前を呼ばれるので、名前を知られていても不思議はありません。わざわざ名前を覚えていたのは性格か、気を引く何かが私にあったのか。どちらにしても、やんわり忘れられたい私にはあまり嬉しくない気遣いです。
「貴方のパフォーマンス素晴らしかったわ!」
「え?」
「うしろに…さんかいてん。すごい」
アズリーンさんが大袈裟に褒め讃え、ルミさんは長い兎耳を交互にピョコぴょこと動かして感動を伝えてくれています。1人距離を置いたラナーヤさんだけが、腕を組んでその様子を不機嫌そうに眺めています。
「貴方、どこかスクールの出身なの?」
「スクール?」
「ふん…歌唱、楽曲、ダンスなんかの学校の話よ」
「いえ、そういったものには」
「えー、それじゃあ完全に独学なの?」
「…すごい」
言われて振り返ってみれば、私の曲はクブアの音楽文化が機械の形で顕現した様な
つまり全く新しいジャンルの曲を、これまた新しいダンスパフォーマンスで披露したという扱いになったのかも知れないのです。それは物珍しさで予選を通過しても可笑しくない。
どんよりと気落ちしながら、なにか返事をしなくてはと口を開く。
「いえ…その」
「あーあ、こんな強力なライバルがいたんじゃ。勝ち目ないかもー?」
私の言葉を遮る様にアズリーンが声を上げた。
「がんばる」
「みんな次の曲は決めたの?」
「次?」
「きめてきた…」
「凄い自信ね…私なんて、どうせ1次で落ちると思って」
皆さんが2次予選で歌う曲の話で盛り上がっています。もう帰る気でいた私が別の楽曲を用意しているはずも無く、他の曲と言われて思いつくのは「鋼の星」だけです。
「私はねー……あ、サクヤちゃんは?」
「私ですか…そうですね。一応ですが決まっています」
「へー、それは楽しみね!」
もう帰る気でいたので、次のステージを踏む前に帰路についている予定でした。予選の様子はクローネワークの通信、それからセクター内向けのローカル放送で流されている。参加者が多いために長時間の放送となってしまった番組は、1つサイクルを回して翌日に2次予選を放映する事になります。
一旦の閉会式を見送り、与えられたホテルの一室へと通されます。予選を通過した私達4名に個室が用意され、明日に向けてゆっくり休んで欲しいとのスタッフさんのご厚意です。
今日の反省点を活かして、ダンスを披露しない方向で意思を固めます。曲の方はどうしようもないので、ダンスを封印する方向で対策するしかありません。
評価を落とす為に何か出来ないかと頭を悩ませているとコンコンっとドアをノックする音が聞こえます。咄嗟に返事をしてドアを開けると、長い耳を震わせたルミさんが彼女には大きな枕を抱えて立っていました。
「ルミさん?」
「へんなおとがするの…こわい」
「変な音…ですか?」
テレビ番組がすることだから、合間にホラードッキリでもはさむ昔ながらの手法に手を染めたのかと思いましたが、どうも様子か違うようです。
如何にも部屋着ですと言わんばかりの、大きなシャツ1枚を身に着けた幼い女の子を見世物にはしないでしょう。
「わたし、みみ…いい」
「あ、オレンヒトの能力ですか」
オレンヒトがガーランドと比べて身体能力に優れているのは有名な話だ。クブアでも人間より獣人の方が肉体的には優秀であり、彼らはそうあるように造られたので当然ですが、その優劣はこのダメストロでも変わりません。
獣人はモチーフの動物が違えば、長所が変わるのは珍しくありませんでした。オレンヒトの場合は、それが人種なのか部族なのかは分かりませんが、オレンヒトの外見に耳や尻尾といった齟齬があることから、獣人の様にその齟齬が原因の長所や短所があるのです。
「そう」
「何が聞こえたんですか?」
「…よていどおり、れんらくをとれ、めしがこいしい、みどーりらんたんのために…って」
「何だかパロってそうな話ですね」
「ぱろ?」
「ああ、お気になさらず」
私の認識では、ただのお腹を空かせた映画好きなのですが怖がっている子どもを放置できませんし、フロントに連絡してもう少し小声で話してもらえるようお願いしましょう。
「繋がりませんね…」
「ふろんと…だめだった」
「ああ、先に連絡されていたんですね」
私に頼るより先にルミさんはフロントに連絡を試みていた。しかし、繋がらないので年が近く(申告上)話しかけやすい私の所にやって来たのでしょう。
「困りましたね…」
「こまってる」
「ひとまず中へどうぞ」
「…ありがと」
部屋の中を見渡しながら入室するルミさんに椅子を勧めて、改めてフロントに連絡を試しますが相変わらず繋がりません。
映画好きなだけで通報するのは憚られますので番組のスタッフさんに通信試してみたのですが、こちらもまた繋がりません。ライブで長い撮影でしたから、疲れて眠っていらしても仕方がないでしょう。
「番組の方にも繋がりませんね」
「ぼうがい?」
「番組のですか?」
「ない…ね」
「もし妨害をするなら本戦でしょう。地方予選を妨害するなら、全セクターを妨害しないと」
「そう」
ルミさんは眠いのか、手で瞼を擦っています。
「私のベッドを使われますか?」
「…でも」
「私はまだ起きていますので、お気になさらず」
「…ん?」
長耳が2本揃って1点の方角に向くと同時に、大きな爆発音がホテルを揺らした。
爆音が止み、状況が分からず呆然としながら周囲を見渡した。部屋は衝撃と揺れで多少家具が乱れてしまってはいるものの、ゲストへの安全対策を怠らなかったホテル側の配慮のおかげで壁面に亀裂の1つも見当たりません。
「いったい何が?」
「ば…くはつ……みみ、いた」
耳を押さえてうずくまるルミさんを抱きしめ、どうにか落ち着かせる。資格を取った際にある程度の知識を詰め込みましたが、処置をするだけの道具はこの場になく、ただ抱きしめてあげる事しか出来ません。
「通信は繋がらない…もしかして本当に妨害されて?」
「さくや…なに?」
「ルミさん…もしかしてお耳が?!」
爆発の影響で聴力を失った可能性に思い至り、慌てて耳に手を当てます。
「きーん、する」
「……爆発による一時的な難聴…だと良いのですがこのままには出来ませんね。外部との連絡が取れない以上は…」
「おとする」
「サクヤちゃん無事!?」
部屋にかかった
休んでいた所だったのだろう薄い布地の服を着こなした姿は美しく、アイドルだと紹介されても違和感のない程に華やかさがあった。
「アズリーンさん、無事です!」
「良かった…ルミちゃんの部屋はボロボロで…ってサクヤちゃんの部屋にいたのね?!」
「ん〜?」
「あ、アズリーンさん。ルミさんは先程の爆発音で耳が」
「そんな…数時間後にはライブなのに」
番組が用意したホテルで爆発が発生した以上は最低でも放映の延期になると思うのですが、彼女の認識ではライブは確定事項のようです。
「2人が無事で良かったけど、いつまでもこの部屋が無事でいられるとは限らないわ」
「そうですね」
「ひとまずこのホテルを脱出して、その後は星系軍にでも保護してもらいましょ」
「…ん」
「あのラナーヤさんは?」
事件か事故かは不明な状況です。番組スタッフの方も何名かこのホテルに宿泊しているはずですし、残るもう1人の参加者であるラナーヤさんを見捨ててゆくのは気が咎めます。
「部屋の場所を知らないのよサクヤちゃんは知ってる?」
「いえ、私は皆さんのお部屋の場所も知りません」
「ん?」
「そう…彼女が自力で避難している可能性に賭けるしかないわね。……よし、誰もいないわ」
ドアの陰から廊下を覗き込んだアズリーンさんが、身振り手振りで脱出を促します。
廊下に出ると爆発で舞い上がった埃が滞留していて薄暗く、一部の照明が壊れているのもあって遠くまで見通すのは不可能です。
逸れてしまわないようにルミさんの手を握って、9階下の一階出口を目指す。
「やっぱり供給が止まちゃってるわ」
「昇降機はダメですか、階段を使うしかないですね」
「ええ、犯人がいたら階段を使わない訳ないわよねぇ」
「建物の耐久性も心配ですし、行くしかないですよ」
「…よねぇ」
短い作戦会議を挟んで階段を下った行くと意見がまとまり、犯人と出会うかも知れない不安を抱えながら階段を下る。
9階、8階、7階と誰とも遭遇する事なく順調に下り、無事に1階にたどり着きます。階段を下りている間も、定期的に爆発音が響いていて怯えきったルミさんが抱き着いて来たのは、とても可愛かったです。
ホテルの出入り口はパワードスーツを身にまとった一団が占拠しており、とても救助や安全確保にやって来た友好的な相手には見えません。
1人だけ黄赤色の明るい色をしたパワードスーツが自動小銃と思われる銃器を構えながら、辺りを警戒しています。
「あの人達は…」
「爆破の犯人…かしらね。正面は抑えられて、通してくれそうにないわね」
「正面はって裏口でもありそうな口ぶりですね?」
「ホテルだもの…従業員用の出入り口ぐらいあるでしょ」
ホテルの仕事として、ゲストに見せたくない面は確かにあるでしょう。洗濯の現場や食品の搬入などの気分良く過ごすのに必要な努力を、ホテル側は見せようとはしないものです。
「裏口、従業員出入り口どちらでも良いけど探さないと」
「はい」
「…むー?」
1階のエントランス。ホテルにやって来た
普段は従業員以外が使うことの少ない階段は非常口を兼ねている為に目立たず、私達の存在は未だパワードスーツの一団に発見されていない。
不審な一団には正面入口に陣取ったまま、内部を索敵しようともしない。それどころか不機嫌そうに足裏で床を叩いている者までいる。
「なにか可笑しくないですか?」
「ん?」
「あの人達が爆破の犯人だとして、どうしてなんの動きもなあのでしょう。……まるで突撃指示を待っている兵士のような?」
「へいし?」
「見つけたよ…出口だ!」
アズリーンさんが小声で指さしたのは、降りてきた階段の真後ろ。階段下の僅かな隙間を利用して設けられた小さな出入り口。
「行こう」
微かな違和感を胸に抱え、小さめのドアに身を潜らせる。
小さな手を引いてドアの境を越えれば、そこには人工の空が広がっている。
8番コロニーから南西に2万キロメートル進んだ場所にある92番コロニー。天候操作によって晴れ渡った空は、惑星に降り立った経験のないコロニー住人にも空の形を伝えている。
「早く保護を…っ!」
1台の車に駆け寄ろうと、走り出したアズリーンさんが銃声に倒れる。
「あ、アズリーンさん!」
「…あず!」
ホテル爆破の犯人に見つかってしまったのか、撃たれた右肩を左手で覆い苦しみに唸る。
「へへへ、ご苦労だったなアズリーン」
「ひゅーう、ありゃ良い金になりますぜ兄ィ!」
「………」
「汚れ仕事だ…分前は弾んでもらうぞ」
アズリーンさんが駆け寄ろうとした車から、4人の男が降車してきます。その内の1人オオカミのオレンヒトが、銃口をアズリーンさんに向け銃爪に指を掛けている。
「裏切る気、ダンゴム!?」
「裏切るぅー、ぎゃははは。お前みたいなキノコ女、使い捨てに決まっんだろうが!!」
「……ふん」
「恨むんならマッシュウッドに生まれたテメーのマヌケを恨むんだなぁ!」
「ダンゴムぅうぅぅ!!」
激昂の叫びと共に閃光が瞬き、一筋の光がアズリーンさん頭を貫通して通り過ぎる。ドサリと音を立てて力の入らなくなった身体が重力に押さえつけられた。
「な、なにを」
「へへへ、コイツは狂言回しさ。1人で爆弾仕掛けて不安を煽る」
「キミは彼女の侍女かなぁ?」
「………」
こちらの嫌悪感を逆なでするような声で話しかけてくる。恐怖に震えるルミさんは強張ってしまい私の手を力強くギュッと手を握た。
「俺たちの目的はその兎ちゃんの誘拐だ。お前はいらないから、逃げてもいいぞ?」
「そうして後ろから撃つおつもりでしょうに、白々しい」
「ぎゃはは、バレたか!」
ルミさんを庇わないで良いのなら、身体に内蔵されたダイヤモンドの刃で敵を排除します。要人警護が役割の身体なのですから、このような事態はむしろ得意分野と言えます。しかし、私に対人戦の経験はありません。身体にも異星人との戦闘を前提にしたデータはインストールされていません。
「ま、どのみち撃ち殺すのだがな」
オレンヒトの銃口が再び瞬く、手を叩いて喜ぶ部下のイヤらしい笑い顔が目に焼き付く。判断の遅さが原因で死ぬのか、自分の無能を恨みながら何もなせずに。
せめてもの抵抗とルミさんを抱きしめ、背中を差し出す様に身を屈める。
光弾が放たれ私の体に触れる僅かな間に、エントランスで見た黄赤色のパワードスーツがオレンヒトと私の間に滑り込んだ。
「ぐぅ!」
パワードスーツの中から女性のうめき声が漏れ聴こえた。
「らやーな?」
「え?」
耳の良い彼女はパワードスーツのうめき声から、その中身を見抜いていた。
『あら、何かしら?』
「本当にラヤーナさんですか?!」
『本業は傭兵なの。あいつら片付けちゃうから隠れてて』
それだけ言うと構えた自動小銃で、男達に発砲を繰り返した。慌てて車の陰に隠れようとした男達が間に合うわけもなく、体表に穴を増やしては絶命する。
呆然と事態の行方を眺めている。アズリーンさんが撃たれたことも、パワードスーツか飛び込んで来たことも、その中身がラヤーナさんだったことも飲み込みきれず、ただ事態を見送るともしか出来ないでいる。
誘拐犯の体を外れた銃弾が車体に吸い込まれ、黒煙を上げて炎上する。炎を眺める私の袖を引かれる感覚に視線を落とすと、ルミさんが苦しそうに頭を揺らしていた。
「る、ルミちゃんごめんなさい。怪我はない!?」
「るみちゃん?」
「あ、ちゃんは嫌でしたか?」
「ん、ちゃんでいい」
銃口を上に向けて戻ってきたパワードスーツから、ラヤーナさんの声が聞こえてきました。
『無事ね?』
「はい、おかげさまで」
「らやーな、ありがと」
『それじゃあ、警察に保護を頼もうね。いけ好かないけど軍よりマシよ』
「あの、アズリーンさんは…あれ?」
頭を撃ち抜かれ物言わぬ骸となったはずの彼女の姿がどこにも見当たらない。
「まっしゅうっど…」
『アズリーンはマッシュウッドだったのね。関係者のハズだけど……逃がしたみたいね』
結局、騒動の後42番
誘拐犯がルミちゃんを狙ったのは、彼女が歓楽惑星サミュルズを保有するコモコカンパニーの代表、アルフルス・クリタリアの一人娘ルミナルス・クリタリアだったからです。迷惑を掛けたからと教えて頂けましたが、そんな大物なら誘拐計画ぐらい持ち上がります。
そんな彼女がどうしてあんな番組の企画に参加したのかと言うと、この企画のスポンサーをコモコカンパニーが努めており、本選の優勝者を新たに立ち上げる芸能系会社に引き込む事でサミュルズの興行を一層盛り立てるのに役立てたかったのだとか。ルミちゃんはどこからかこの話を聞きつけ、代表に内緒で参加をしていたのだ。
結果的に私が辞退したことで本戦に出場する事になったとルミちゃんが歌手デビューを私に委譲してしまい。私の曲である「鋼の星」が発売される事態になってしまいました。
私が断れば負傷したラナーヤさんが矢面に立たされてしまいますのでお断りできず、やむなくデビューする事に。ニコニコの笑顔を向けて来るルミちゃんの期待を裏切れませんでした。
「鋼の星」になったのもルミちゃんの要望で、予選で競うはずだった曲が聴きたいとの要望に従った結果です。
私のファーストシングルが発売されるのは、本選が終わった後、つまりは番組放映後です。それまでの間にロックシェルで別の
有名人の様に指を指し示されるのは、面映ゆいではないですか。
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