セクター42

第1話 遭遇戦

 無事に惑星クブアを脱出した私達待っていたのは三百六十度の星空と、数発の砲撃でした。


「ピピピ(攻撃を確認、注意してください)」

「サクヤさん聞こえるか!」


 タマの電子音とケンさんの叫び声が、ほぼ同時に聞こえます。


「はい、聞こえます」

「撃って来やがったのは、新惑星の噂を嗅ぎつけた宙賊だ!!」


 ケンさんは船に複雑な回避行動を取らせながら、感情の乗った声で叫ぶ。


 ブラック・ローズのコックピットにいる私は、ケンさんの回避行動で揺れる自身の銀髪を目で追いながら現状の確認を始める。


「タマ、各種レーダー起動。戦闘準備」

「ピ(了解)」

「待て待て待て、今のは流れ弾だ!!」

「流れ弾?」


 表示されているレーダーには、複数の船影が入り乱れているとしか分からず、素直な疑問を口にする。


「見てみろ…陣形もない乱戦だ。ありゃ、考える頭の無い宙賊が獲物を追い掛け回してんだ」

「陣形ですか…」

「ああ、軍とか縁遠いサクヤさんにはピンと来ないか…。宇宙での戦いは乱戦になりやすいが、組織立って動く時は味方が引き上げる為のエリアを確保するもんなんだ。大型艦艇だとか、小型の船を収容できる船が戦場での鈍い動きはこのせいだ」

「なるほど…」


 小型船は機動力が高く小回りが利く、その反面に積載量が相応に小さいから弾薬が底を突くのも早い。母艦持ちの戦闘船なら頻繁に母艦を出入りするし、そうでない船でも退路があるのと無いのでは生存率が大きく異なるのだろう。


 中型、大型艦の退路も確保する必要があり、乱戦が発生する前線から離れた位置に退路を確保する部隊が必要になる。


「見てみな、明らかに連携を取ってやがるのに退路を確保している部隊がない。ありゃあ、考える頭か戦力が無いんだ」

「では、追い立てられている機体は?」


 物質弾、レーザー、ビームと他雑な砲撃に晒されながら、複雑な軌道で飛び回る小型船達。


「あれは惑星調査に駆り出された船だろう。武装してないって訳じゃないが、調査装備を優先して積んでるから大した反撃が出来てねぇ」

「あ、二機…落ちました」


 逃げ回っていた船と、追いかけ回していた船が一機ずつ爆散してレーダーの反応は途絶えた。


「ピピ(熱源反応の消失を確認)」

「調査船と賊が落ちたな…やったのはガーランドの船か」

人間種ガーランドですか…、あの船も調査に?」

「正確には調査に来る船の国籍を調べてたんだろうがな。あの船だけ戦闘船だ……それより、お喋りしている余裕はもうないみたいだぜ?」


 コックピットに接近を意味する警告音が響く。


「ピピピピピ(宙賊と思われる機体接近。対象機の武装を確認)」

「武器出しながら近づいてくるんだ、敵だろ」

「しかし、この船に武装は…」


 大気圏突入時に焼けてしまい、地表に落ちたスクラップから武装を得ることはできなかった。


「シールドもな…こっちはなんとか逃げ回るしかない。ブラック・ローズそっちはなるべく早く助けに来てくれ」

「…わ、分かりましたご武運を」

「ピピピ(こっちも、ぶきないけどね〜)」

「なんとかします…ブラック・ローズで出ます!」

「あいよ!」


 気合を入れるべく声を上げて、船の拘束から逃れます。ケンさんの小気味よい返事に送り出され、不慣れな無重力下での戦いの始まりです。


「元々は宇宙用…回避運動ぐらいはっ!」

「ピ(前方より二機接近)」

「離れます…タマ出力を上げて!」


 ブラック・ローズは真っ直ぐ向き合うように飛び出し、放たれた閃光と入れ替わるように前に出る。


「躱せた!」

「ピピ(次弾、来ます)」

「おわっ!?」


 緑の光がブラック・ローズに直進し、装甲を穿たんと肉薄するも半回転したブラック・ローズは弾道を見上げるように回避を果たした。


「好き勝手に…でも直線速度は相手が上…」

「ピピ(ふねのぶきほしい〜)」

「そうよね…船、武器?!」


 たまの言葉に引き寄せられるかの様に、ある危険な発想が閃いていた。


(撃墜された船に接触できれば…)

「ケンさん保ってくださいね…タマ、撃墜された船にターゲット!」

「ピ(了解)」


 迷わず宙賊の船に狙いを定め、機体の速度を上げる。


 撃墜船の周りでは、いまだ収まる気配を見せない戦闘が続いている。所属不明機のブラック・ローズは、どの勢力から攻撃を受けても不思議じゃない。そのためにブラック・ローズも私達も危険な賭けになる。


「タマ、武器は!?」

「ピピ(熱源式射撃装置を確認)」

「ロックオン!」


 視界に目的の物が強調表示される。


「アレね!」

「ピピ!(敵船接近!)」

「頑張ってブラック・ローズ!」


 接近してきたのは私達を撃ちに来た内の一機と、私の動きに釣れるように、ガーランドの船から私に狙いを変えた一機。


「ピピピ(誘導弾の発射を確認)」

「誘導…追尾される!?」

「ピピ(回避不能、接触まで三秒)」

「もっと早く!!」


 ブラック・ローズの速力はグングンと上がり、誘導弾との接触時間を僅かに延ばす。


 強調表示された射撃装置に向けて手を伸ばさせ、速度をそのままに残骸を掴ませる。


「取った!」

「ピピ(解析中)」

「そんなに時間は…っ!」


 放たれた誘導弾は運良く残骸に命中し、爆炎が上がる。撃墜されたばかりで、残骸はまだ熱を発していた。残骸に惹きつけられたのなら、熱源誘導兵器だったのかもしれない。


「ピピ(解析完了)」

「待ってましたよタマ!」


 回収した武装はタマの解析結果から、熱源照射武装レーザー兵器と判明。エネルギーの心配のないブラック・ローズに向いた兵器です。


「……タマ、操縦をお願いします」

「ピ?」

「動力に問題がなくとも、エネルギーを送れるように接続せねばただの棒です。私が外出て繋げます」

「ピピ(あぶない)」

「急いでください…次の誘導弾が来る前に」


 レーザー兵器を持ったブラック・ローズの両手を胸の前に持ってこさせると、コックピットのハッチを開いてタマの了承を聞く事なく外に出る。


(呼吸が必要なくて本当に良かった)


 武装だけ独立しているユニティブならば、武器を拾い上げるだけでそのまま使用できるのだが、船の武装ともなるとそういう訳にもいかない。


(不格好を気にしなければ発射程度は…手首の伝達ケーブルから繋ぎましょう)


 ブラック・ローズの左手に掴まれたレーザー兵器を解析結果から手探りで繋ぐ。


(うぐっぐ!)


 機体が大きく揺れ、赤い閃光がレーザー兵器を掠めて飛んでいった。


(急がないと!)


 レーザー兵器の銃身から直線の位置に当たりを付けて、エネルギーラインを構築する。最後のケーブルを繋いだ瞬間に、レーザー兵器から紫色の閃光が止め処なく照射され続ける。


(やった!)


 閃光を見送ると急いでコックピットに駆け戻った。


「ただいま、タマ」

「ピ(ふん)」

「拗ねないの…これでやっと戦える。行くよ!」

「ピ(死ぬ時は美しく散らせてください)」


 止め処なく吐き出され続ける閃光を剣身に見立て、細長い銃身を握らせて構えてみせる。


「いきます!」

「ピ(ターゲット、ロック)」


 右腕の動力と直結させた所為で、レーザー兵器を停止させると右腕全体が動かせなくなってしまう。時間的にこれが手っ取り早かったから、仕方がないのだけど不便だ。


 動力をカットした右腕を左手で掴み、銃口の先をコントロールするとクルリと反転し追い立てられた宙賊に向けた。


「行けぇ!」

「ピピ(動力供給)」


 遮蔽物のない空間を紫の閃光が、綺麗な一線を描き直線を続ける。やがて初めての遮蔽物に接触し、その装甲は焼けただれ貫通し爆散した。


「一つ!」

「ピピ(誘導弾接近、数は三)」

「熱誘導ならレーザーで!!」


 宙賊の駆る船の一隻を落としたレーザーを誘導弾に向けて振り回すと、レーザーの熱に反応した誘導弾がレーザーに飛び込み、まるで誘蛾灯の様に誘導弾が吸い込まれてゆく。


「このまま、落ちてください!」

「ピピ(爆発を確認)」


 爆発と共に危険が消滅し、誤射を恐れて右腕のエネルギーの供給を止める。


「ケンさんの元に戻りますよ、タマ」

「ピピ(デブリにご注意下さい)」

「便利な固定音声ですね」


 レーダーの示す反応のままに、ブラック・ローズの背中から漆黒の花弁が舞いその場から姿を消した。

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