第11話 流星

 しばしの硬直状態の後、私はそのボールを手に取った。


「ピピ…ピ?」

「サポートボール?」


 サポートボールは、自動運転車が一般的な乗り物になってから普及した外付けの制御装置の一つ。備えられたAIが接続先の車を制御下に置き、所有者の思いのままに車を運転できる。自動運転のシステムが車体に埋め込まれていた為、算譜プログラムの更新に不向きだった事から開発された。このサポートボールは世界中で受け入れられ、サポートボールの登場以降、車に限らず人が乗り込むものには必ず、サポートボールの接続スペースが確保されているほど一般化された。


 外見はただのボールなので、使い古されたサポートボールが落書きされて、道端に捨てられているのを見掛けると図書館の記録にも登場していた。目の前のサポートボールは、豆粒大の光が橙色に点滅を繰り返している。


「ピピ?」

「敵意…どころか手も足もありませんし。あなた私に何かご用?」

「ピーピピピ」

「まぁ…」

「ピピーピーピーピピピ」

「ふんふん」

「ピッピュー」

「はー、全然分かりません」

「ピッーーー!!」


 適当な相槌でその場をやり過ごしながら、サポートボールを観察していましたが、この反応から人格が確立されていると見て間違いないようです。


「大したエネルギーを溜め込めないあなたが、何故この百年もの期間を経て、稼働していられるのか…興味はありますが、今は時間がありません」

「ピピピー?」

「ええ、この星がもたんとした時が来ているのです。なのでここの設備は頂いていきます」

「ピー?」


 誰かとお話できるというのは楽しいものです。相手は「ピー」としか鳴いてくれませんが、独り言で誤魔化すのは色々と物悲しいですし。


「ピ」

「え、付いてくるんですか?」

「ピッピーピ!」

「私にはサポートボールは必要ありませんが…いえ、必要なくとも一人でいるよりは良いかも知れませんね。では設備を運び出します…手伝って貰えますか?」

「ピッー!」


 楽しい仲間を加え、私から私達となった。これからは独り言を言う機会も減ってゆくのだろう。


 結局、工場の設備という巨大な物を運び出す事は出来なかった。とはいえこのまま諦めて帰るわけにはいきません。


「動かせないのならば、ここで作るまでです。タマちゃん、サポートを」

「ピー………ピッ!?」


 元々運び出したた後で使う予定の機材なのですから、使い方は図書館でダウンロード済みです。古いものですし、多少余分に時間が掛かるかも知れませんがこの際かまいません。


 パッチワーカーの応用で、非効率ながら合金では無い金属を精製。それらをインゴットに形成し固め、工場の設備に折り目正しくセッティング。老朽化している所は、手持ちの工具で応急措置を施した。


「後はエネルギーを送って稼働させるだけ…しかし、私のエネルギー残量ではとても…」

(一度セーフハウスに戻って、バッテリーを運び込むしかないのかも)

「ピッ!」

「タマ?」


 サポートボールのタマが短く一鳴すると、体を覆う表層材がゆどみなく開閉し、中心部に真っ黒な試験管を備えた内部構造が露出した。


「これは…動力の?」


 本来ならばそこに配置されているのは、バッテリー等の動力源になる物のはずです。決して自らエネルギーを生産する装置が、組み込まれている様な場所ではありません。


「ピ」

「ねぇ、黒い試験管みたいな動力源って……もしかして」

「ピ〜♪」


 黒い試験管のフイルターが降り、隠されていた透明な器を晒しだす。その器の中には正四角形の物体が二つ浮かんでおり、光を浴びたことで急激に温度を高め始めた。


「やっぱりヤタチ二ウムじゃないですかあァァァ!?!」

「ピィ〜♪」


 驚き叫ぶ私の頭上で、赤い流星が一筋の軌跡を描いていた事を私はまだ知らない。

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